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日本の外部相談窓口、EAPの利用率とコロナ禍でのトレンド


自己紹介

ベターオプションズ代表取締役の宮中大介と申します。メンタルヘルスや組織開発関連ビジネスの開発支援、人事・健康経営関連のデータ分析に従事しています。株式会社ベターオプションズ:


はじめに

日本においても、コロナ禍をきっかけに従業員のメンタルヘルス対策に注目が集まり、いわゆる外部相談窓口やEAPの導入を検討した、あるいは検討している企業様も多いのではないかと思います。また、既に外部相談窓口やEAPを導入している企業様においては、コロナ禍で利用が増えたのかどうかが気になっているのではないかと思います。

そこで、今回は、日本において外部相談窓口やEAPはそもそもどの程度利用されているのか、コロナ禍で利用は増えているのかについて検討してみたいと思います。

日本の外部相談窓口、EAPの利用率

この問題を考える前提として、日本の外部相談窓口やEAPに関する知識が必要になります。2009年の少し古い資料ですが、日本における外部相談窓口やEAPの現状については下記が参考になります。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jhep/36/2/36_2_229/_pdf/-char/ja

日本の外部相談窓口やEAPの利用率(対象従業員のうち何人が利用したかの割合)に関する統計資料は現状では公表されていません。

そこで、厚生労働省が毎年度実施している「労働安全衛生調査(実態調査)」の令和3年度版の調査のうち個人調査の結果を参考にしてみましょう。この統計は全国の事業所に勤務する労働者を対象に実施されています。

「(2) 仕事や職業生活に関する不安、悩み、ストレスについて相談できる人の有無等」の結果から、「ストレスを相談出来る人がいる」と答えた人の割合が92.1%となっています。また、実際に相談した人の割合は69.8%となっています。その内訳(複数回答)を見ると、最も多いのは、家族・友人の71.5%、ついで上司・同僚の70.2%となっています。外部相談窓口やEAPが含まれると思われる「事業場が契約した外部機関のカ ウンセラー等の 相談窓口」は0.4%となっています。

ストレスを相談出来る人がいる人の割合が従業員全体の92.1%、実際に相談した人が69.8%、そのうち、0.4%が外部機関のカウンセラーとなっていますので、単純には、92.1%×69.8%×0.4%=0.25%となっています。つまり、従業員1000人あたり2.5人が外部機関やEAPに実際に相談していると推測されます。なお、同調査は職場に外部機関やEAPが導入されているかに関係なく実施されていますので、職場に外部機関やEAPが導入されている企業に限定すると、外部機関やEAPに相談した従業員の割合は0.25%よりも高くなると考えられます。

米国の外部相談窓口、EAPの利用率

日本よりも外部相談窓口やEAPの認知度が高く、利用率も高いと考えられる米国の状況を見てみましょう。たとえば、EAPの効果可視化や投資対効果(ROI)の研究で著名なAttridge氏は下記のように述べています。

Among the vendors with a predominantly “free” EAP model,annual program utilization was very low. On average,they had 1.6 individual cases of EAP counseling per every 100covered employees per year,and these cases averaged 3.1 counseling sessions per case.

<弊社訳>主流の「無料」EAPモデルのベンダーでは、年間の利用率は非常に低い。平均では対象従業員100人あたり1.6ケースであり、1ケースあたり平均3.1カウンセリングセッションである。

Attridge氏による論考:https://archive.hshsl.umaryland.edu/bitstream/handle/10713/7211/Attridge%20-%20Integration%20Insights%20Column%20%237%202017-Q1%20JournalofEmployeeAssistance%20-%20Implications%20of%20Pricing%20for%20EAP%20Integration%20and%20ROI%20%28PRINT%203pages%29.pdf?sequence=1&isAllowed=y

上記で、「無料」EAPモデルとされているのは、医療保険等の附帯サービスに含まれており、EAPの利用自体で料金が発生しないEAPモデルを指します。上記Attridge氏の論考では、利用につき費用が発生するモデル(direct model,fee-for-service model)と対照的に位置づけられています。日本においては、企業向けの外部相談窓口やEAPの多くは、企業のEAP対象人数に対する課金制度を採用しており、利用につき従量課金で費用が発生するモデルは少ないことから、比較対象としてはこの100人あたり1.6人(つまり1.6%)という数字が参考になると考えられます。

以上を踏まえると、日本においての外部相談窓口EAPの利用率は、0.25%~1.6%程度であると推測することが出来ます。

コロナ禍で外部相談窓口やEAPへの相談件数は増えたか?

コロナ禍以降で、外部相談窓口やEAPへの従業員による相談が増えたかについてはいくつかの外部相談窓口やEAPの分析結果が参考になります。たとえば、EAPの1社のピースマインド社の調査結果によれば、コロナ禍でEAPに対する相談件数が増加傾向にあることが伺えます。

コロナ禍以前である2019年度の相談件数と内容を、年度初頭に新型コロナウイルスの影響による緊急事態宣言が発令される事態となった2020年度、さらにコロナ禍が長期化している2021年度上半期と比較し、統計的な分析を行いました。その結果、2021年度上半期の相談件数は、2019年度の同時期に比べて51%増加したことが分かりました(図1)。相談内容を大きく「職場」と「プライベート」に分け、統計的な分析を行った結果、「職場」、「プライベート」に関する相談が共に増加したことが示されました。

出所:ピースマインド株式会社ウェブサイト https://www.peacemind.co.jp/newsrelease/archives/323

別の外部相談窓口を提供する1社であるティーペック社は、コロナ禍での自傷他害に関する相談のトレンドを分析しており、感染拡大状況と自傷他害の相談に連関があることが示唆されています。

コロナ禍前(2019年)とコロナ禍中(2020、2021年)で自傷他害相談の割合を比較すると、月別では図1のような結果となりました。年間の平均では、コロナ禍前の2019年は1.29%でしたが、コロナ禍中となる2020年には割合1.49%と増加傾向がみられました。2021年は引き続きコロナ禍中であるものの1.34%となり、2020年と比較し減少傾向、コロナ禍前と近い水準の割合になっています。

出所:
ティーペック株式会社ウェブサイト https://t-pec.jp/work-work/article/303

終わりに

2023年5月8日から新型コロナウイルス感染症が5類感染症に以降し、徐々に新型コロナウイルスの社会経済に及ぼす影響が和らいできました。一方で外部相談窓口やEAPからはコロナ禍以降に労働者のメンタルヘルスが悪化しているという報告もされています。コロナ禍で重要性を再認識された外部相談窓口やEAPが今後もその存在意義を高められるか、要注目と言えます。


以 上


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