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「長女のくせに!」と言われても毒親の老後の面倒は見られません

私の両親は毒親です。
毒母はもう死んでこの世にはいませんが、毒父はまだ生きています。
絶縁して7年目になります。
毒妹の知らせで3年前クモ膜下出血で倒れ、要支援1になったと聞きました。
私は入院先の病院の保証人になってほしいと毒妹から頼まれましたが断りました。

毒妹は私と違って、毒父とは仲が良く、「帰れる実家頼れる実家」がありました。
その実家に帰っている最中に酒盛りして倒れたのですから、毒妹が保証人になればいいのです。
毒妹からは、長女のくせに!親不孝者!人でなし!薄情者!と散々罵られましたが、私が子ども時代に毒父にどれだけ虐待されていたのか、結婚後もどれだけ家に来ては迷惑を掛けられたかを、全て知っているのです。

ずっと私を盾にして逃げていましたよね?
毒父からも、毒母からも、愛されていましたよね?
私は毒親の老後の面倒は見られません。
経済的にも、精神的にも、生理的にも無理です。

今でも病院や処方箋薬局で毒父と声や容姿が似た老人を見ると、その人が受付で怒鳴っていると、怒りと恐怖がフラッシュバックして寝込んでしまいます。

私は毒父の面倒を毒妹におっかぶせるひどい毒姉です。
お詫びとしては毒父の介護には口を出さない、老人介護施設はお任せする、遺産相続は放棄する、死後の葬式やお墓や家の処分についても口を出さないです。

私が独身時代から実家のことは毒妹が牛耳っていて、私には実家には居場所が無かったです。
私が毒父から束縛虐待されて苦しんでいる間、ずっと私を盾にして、子どもらしい自由や大学生活やアルバイトや旅行を謳歌してきたでしょう?
姉妹としていがみ合うことはあっても、仲良くしたことは一度たりともありませんよね?

なのに都合が悪くなったら、「長女なんだからお父さんの介護はよろしく!」は通用しないのです。
どうぞ仲良し親子として、親の愛を独り占めして、介護が必要になったら毒父のお金で入れる老人介護施設に入れてあげてください。

私は自分の人生の50年分を毒父に捧げました。
子ども時代は暴言/暴力/人格否定で虐待され、結婚したら過干渉で家庭を滅茶苦茶にされ、私は精神疾患になり、毒父は家に居座り、ずっと共依存から抜けられずに苦労しました。
でもやっと勇気を振り絞って、毒父を家から追い払ったのです。
もう絶縁したのです。

だからもうこれ以上毒父のことで私を苦しめないでください。
私と毒父はもう子でも親でもありません。
法律で縁は切れなくても、もう心は繋がっていません。
毒父のことを思わない日は一日たりともありません。
でも、もうお互いが生きている限り、二度と会うことはありません。
妹たちともとっくに縁は切れています。
家族じまいですね。
私の命を守るために必要な選択です。

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