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ゼレンスキー大統領とイタリア

うまい。

こんな言葉が今適切かどうかわからない。でも、ウクライナのゼレンスキー大統領が、ここのところ欧米各国の議会に向けてビデオメッセージを送っている、その内容が、言葉の組み立てが、それぞれの国の事情、文化、歴史、国民性にピタリと照準が合っていて、本当にうまいと高い評価を得ている。

例えばアメリカ議会に向けてパールハーバーを思い出してください、と言ったのは、日本人には不愉快だったかもしれないけれど、アメリカの人々の心に戦争は辛い!という気持ちを掻き立てる大きな効果があったのだろうと思う。

そして今日、3月22日に行われたイタリア議会での演説はこんな感じ。

「(ウクライナの海洋都市)マリウポリは完全に破壊されました。もう何もありません。マリウポリは人口50万の、ちょうどジェノバのような都市です。想像してみてください、イタリアのジェノバが完全に焼き尽くされたところを

世界一美しい我が国イタリアを、誇り愛しているイタリア人の心を突きした。

この戦争は何十年も前から、ガスや石油を輸出して稼いだお金で準備されて来ました

これは痛い。イタリアは天然ガスの40%、石油の12%をロシアから輸入している。それは経済制裁を発動している今も、止めることができずにいるという後ろめたさを直撃したというわけだ。もともと電気代が高いイタリアでは、暖房は電気制御のエアコンではなく、ガス温水暖房がメインだからだ。今が夏だったら、暖房のことを気にせずにガスの輸入も止められた?

「ウクライナはロシア軍にとって単に入り口なのです。ヨーロッパに入り込み、あなた方の生活やあなた方の政治を影響下に置き、あなた方の価値観やデモクラシー、人間の権利や自由を破壊しようとしているのです」

議会に向けてメッセージを発信するのは、首相や大統領同士の密な会談よりも国民に広く公開されるので効果ありと立てられた作戦だそうだが、まさにその通り。これを聞いたイタリア国民全員が、そんなことになったら大変だ!と奮い立つに違いない。

「覚えていますか、ウクライナはコロナ禍の時、イタリアに寄り添いました。ウクライナの医師たちがすぐに助けに向かいました。そしてイタリアも、ウクライナに洪水が起きた時、すぐに助けてくれました。見返りは全く期待しない、心からの助け合いでした

イタリアで、避難したウクライナのお母さんから初めての赤ちゃんが生まれました イタリアには何度も訪れたことがありますが、イタリアの人の率直なところ、もてなしの熱い心が大好きです。そしてあなたたちの人間同士のつながりの強さ、あなたたちにとって家族がいかに大切か、子供が大切かを知っています。イタリアは今、ウクライナの人をたくさん受け入れてくれています、そのうちの2万5千人以上が子供です。その多くは、各家庭に直接受け入れてもらっているのです。おそらくこの中にも、受け入れてくださった方がいらっしゃるでしょう。ウクライナ人は、あなたたちの温かい心、親身になって考えてくれる心を決して忘れません


情緒的で優しくて、家族を大切にするイタリア人たちの心を揺さぶる、名演説だった。

そして心を揺さぶられたのは、イタリア国民ばかりではなかったらしい。コロナ期に熱いメッセージを毎日国民に送り絶大な人気を博していたコンテ首相の後、経済の立て直しを期待されてやってきた超エリート金融マン、マリオ・ドラギ首相。国民に向けたメッセージをあまり発せず、冷たいという評判があった。ところが今日、ゼレンスキー大統領の演説の後の彼の声には、熱い感情がこもっていたように見えた。

「この戦争が始まってからずっと、ゼレンスキー大統領とウクライナ国民の勇気、決断力、国を愛する心に、イタリアは魅了されて来ました」「ウクライナは自分達のためだけに戦っているのではありません。私たちの平和、自由、安全を守ってくれているのです」「イタリア人は避難して来たウクライナの人々のために、我々の誇りである、もてなしの心を持って家庭のドアを、学校のドアを、大きく開きました。」「この野蛮な行為に、イタリアは背を向けることはありません!」

そして締めくくりにこう言った。「イタリア政府は、イタリアの国民は、ウクライナと共にあります。ゼレンスキー大統領、イタリアはウクライナがEU に加盟することを望みます」

今まで見たことのない、ドラギ首相の熱い表情が、マスクの下に隠されていたように感じる演説だった。巨悪を制裁し、平和を取り戻すという一つの目的の下、西欧世界全体に連帯感が盛り上がっている。それが武器を持った連帯感にならないことを切に切に祈るばかりだ。


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