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イタリア・コロナワクチンで大混乱中

「70歳代の接種予約リストに入れてもらったんだけどね。死んだりするのは、ごく稀なケースってわかるけど、その稀が俺じゃないっていう保証はないもんね。研究データの材料になるのは嫌だよ」

毎朝のグレース(愛犬ラブラドール8歳女子)散歩で会う、ハスキー犬ハリーのオーナー、ブルーノが言った。

まさに今のイタリアの、いやきっと、世界中の大半の人が思っていること、そのままを表している気がした。「No Vax」という、かなり過激にワクチン接種を反対する運動がイタリアで広がっているけど、そこまではいかないまでも不安は拭えない、しなくて済むならしたくない、そう思っている人は多いんじゃないかな。

去年10月からの第2波が収まらないまま第3波がやってきて、3月のピーク時には1日2万人以上の感染者と500人を超える死者を出し、ほとんどの州がレッドゾーンに指定された。去年の3月、都市封鎖をした時よりは少しゆるかったけれど、ほぼロックダウン状態で春を迎えた。国民の80%がカソリック教徒というイタリアにとって、クリスマスよりも大切という宗教行事の復活祭も、なんと2年連続ロックダウンで迎え、終わった。


そして今、まだ感染者数は安心できるほど減っていないのに、政府は経済活動を再開させようとしている。長く続いている営業規制で、レストランもバールもホテルも、スポーツジムも映画館もスキー場も、もう無理、倒産しちゃうよ、というギリギリの状態なのはよくわかる。私だって仕事したいよ。でも感染者がたくさんいる状態で今解放したら、また感染者が激増してロックダウンに逆戻り、結局効率が悪かった、ということにならないだろうか? 

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↑トリノのVittorio Veneto広場。普段なら外の席でカフェやアペリティーヴォを楽しむ人でごった返す人気スポット。

しかも肝心なワクチン接種がノロノロと全く進まない。政府は9月までに国民の80%に接種を!とか、1日50万人の接種を! なんて言っているけれど、接種開始から3ヶ月経った今もまだ、2度の接種を終えた人は全国民の10%にも満たない。

13ヶ月にも及ぶ経済活動や行動の規制、終わらないパンデミックへの恐怖と閉塞感、そしてワクチンをめぐる二転三転する政府やEUの対応に、イライラと不安が溜まりに溜まっている今のイタリアだ。

トンネルの先の光=ワクチン

EU諸国で一斉にワクチン接種が開始されたのは、2020年も押し迫った12月27日のことだった。その日は「ワクチン・デー」と名付けられ、9,750回分のファイザー製ワクチンが、ベルギーからトラックでローマに到着した。そこからイタリア全土に運ばれていく様子がテレビで、ネットで賑やかに配信された。ジャーナリストたちが興奮気味に様子を伝える声、我先にとスマホやカメラを持って、運ばれるワクチンの箱を追って走る姿。それは10万人を超える死者と、10万人を超える失業者を出したパンデミックを出口へと導く、希望に満ちた光景に見えた。

ファイザーに続いてモデナ、アストラゼネカ、そしてジョンソン&ジョンソン製のワクチンも次々と認証され、普通の暮らしが戻ってくるのも近い、イタリア中の多くの人たちがそう期待した。

マインドコントロールも?

ワクチン完成が発表された当初は、

「こんなに短期間で開発されたワクチンなんて、怖くて絶対打ちたくない」と拒否反応を示す人たちが私の周りにもとても多かった。接種が始まると、

「医療従事者たちがワクチン接種後次々に死亡」というようなフェイクニュースも出回った。

そんな空気を変えるためか、テレビでは政治家、専門家たちが「ワクチンを接種しまくる。それが唯一のパンデミックからの脱出方法です」と繰り返し、ワクチン接種会場からは接種を済ませた高齢者たちが

「ワクチン打ったけど、全然元気よ」
「国のために役に立てたようで嬉しい」

なんてコメントする様子が報道された。なんだかマインドコントロールしてるなあ、と思わなくもなかったけれど、もはやワクチンを打たなければこの苦境から抜け出す道はない、と大半のイタリア人が思い始めたように見えた。

のろ過ぎる!イタリアのワクチン接種

それなのに、接種が全然進まない。接種開始から3ヶ月以上が経った4月16日には、イタリアでは423万4230人、全国民のたった7,10%しか2度の接種を終えていない。

実はこの数字だけを見ると、ワクチン政策が大成功!と賞賛されているイギリスと、それほど大差があるようには見えない。イギリスの2度の接種完了人数は、人口6700万人中600万人を超えたところ。イタリアと同じく、まだ人口の10%以下だ。

じゃあ1回の接種人口はどうか? と比べてみると、イギリスでは4月7日までに3180万7124人、人口の半分近くが接種を完了している。1回接種すると、感染率や重症化、死亡ケースが減少するというデータを元に、とりあえずできるだけ多くの国民に1回接種しようよという方針をとったから、らしい。その結果、年末年始には1日の感染者6万人、死者数も1000人越えなんて言っていたのが、4月8日には感染者数3030人、死者53人まで激減した(ロックダウンをずっとしていたからという説もあり)。

一方イタリアは、1度の接種人口もたったの16,81%。同じ4月8日で比べてみても、新規感染者数は17,209人、死者数は487人だ(イタリアだってほぼロックダウンをしていたのに)。

イギリスにできることが、EUには、イタリアにはできていないということ? 古臭いお役所システムや、加盟国27カ国をまとめるのが大変だからというけど、理由は本当にそれだけなんだろうか?

イタリアあるあるの大混乱

私の住むピエモンテ州では、コロナウイルスにかかれば死に至る危険が高い80歳以上の超高齢者、そして医療従事者や学校関係者などの優先接種組に加えて、4月8日からは60歳以上の予約受付も始まった(と言っても、希望者リストに名前が載るだけで、日時を予約してくれるわけではないらしい)。

でも実際には、まだ接種を受けることができていない80代、90代の人たちがたくさんいる。それが毎日何百人という死者数に繋がっているとワクチン政策のまずさが大批難されている。接種スタッフと会場が足りない、予約システムがうまく機能していないのが原因と言われている。

それはピエモンテ州に限った話ではなく、全イタリアで起きている。イタリアだもん、しょうがないよね、と笑っている場合じゃない。3月20日にはロンバルディア州の、バイオリンで有名なクレモナ市で、接種の呼び出し通知が対象者に届かなくて、用意した600回分に対し80人しか接種会場に来ないという大事件もあった。

解凍しちゃったワクチンはどうしたんだろう??

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↑新聞もテレビもネットも、毎日ワクチンの話題ばっかり

職業による醜い優先権争いも。


「いろいろな人に会うのが仕事の弁護士は優先権あり?」
「だったら会計士も建築家も同じだ」
「医療現場の実情を伝えるジャーナリストこそ接種を受ける権利がある」

そんな議論がテレビ、ネット、新聞を賑わせている。エリートばかりが優先権を主張するけど、ロックダウンでも働いてくれる、国民の命を繋いでくれるスーパーのレジ係は危険職業ではないのか? という声もある。まさにその通りだと思う。たしか、第一波の時には感染して亡くなった人がいた。

4月1日に発表された法令では、医療従事者は全員ワクチン接種を受けることが義務付けられて、拒否すれば停職処分と決まった。全ての医療従事者、そこには獣医師も含まれている。それってちょっと変じゃない?

それじゃあ、と言ったかどうかは知らないけど、ある35歳の精神科医がワクチン接種を受けた。すると今度は、第一線で働くわけではないのに医療従事者という肩書きを利用した「順番抜かし」と首相自らが批判した。医療従事者全員と決めたのはあなたでしょう!と精神科医協会などが猛反撃した。

じゃあもう、職業による優先接種はやめにしよう、一律に年齢順に接種をしようとなったかと思うと、いや、うちは職業カテゴリーでどんどん進めるよという州もあって、もう何がなんだかワケがわからない。

アストラゼネカへの拭いきれない不安

アストラゼネカのワクチン接種直後に血栓症を起こし亡くなるケースが欧州各国で起きた。イタリアでもシチリア、ピエモンテなどで40代、50代の人が接種後数日で亡くなるという事件が相次いだ。

即刻アストラゼネカの使用が一時中止になったけれど、EMA(欧州医薬局)は

「血栓はワクチン接種をせずに起きるケースの方が多いから大丈夫」

と使用を再開。え? 稀ならいいわけ? ほぼ全ての薬に副作用があるのはわかるけど死亡事故なのに? 

そもそもアストラゼネカにはいろいろな疑惑が渦巻いている。契約した分量のワクチン納入ができないのはなぜか。契約したくせに、他の、EUよりも高い金額を払ってくれる国に納入してしまったのではないか。そんな疑いを持つイタリア人は多い。

最初は55歳以上の高齢者(?)には治験データがないから使用不可、と言っていたのに、今度は血栓症は60代以下の若年層にだけ起きている、だから60代以上の人への使用は安全と言ったり。

もう何を信じていいのか、誰もが疑心暗鬼になって怖がって、イタリアのあちこちで、接種会場に行ったものの、アストラゼネカを接種されるとわかると帰ってしまう人が続出している。

そして今度は、1度の接種で効果を発揮すると期待されていたジョンソン&ジョンソン製でも血栓症が起き、使用がストップされた。こうしてますます接種は遅れていくというワケだ。

パックツアー「バカンス&ワクチン」も登場

ワクチンやだ、怖い、という空気がある一方で、早くワクチン打って元のように出かけたい、遊びたい、というイタリア人はとても多い。経済大打撃を受けている観光業や飲食業をなんとかもり立てようと、各方面で苦肉の策が発表されている。

EUが発表した「ワクチンパスポート」、正式にはデジタルグリーン証明書もその一つ。ワクチン接種済みや、コロナウイルスへの罹患歴などが記載されるもので、これがあれば国間の移動も隔離無しに自由にできる、レストランなどへのアクセスもフリー。6月からいよいよ発行されるらしいけど、ワクチンしたくても順番が全然回ってこない状態では、ますます身動きが取れなくなるのではないか、と心配する声も上がっている。そしてワクチンをしないという個人の自由は?

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↑グレースとの散歩がほぼ唯一の楽しみな毎日。トリノを流れるポー川沿いを歩く。

そしてなんと! 旅行業界は夏のバカンスシーズンに向けて「ワクチン・ツーリズモ」なんてものも企画した。ワクチンが余剰気味の国へ旅行し、バカンスをしながらワクチン接種も受けられますよ!というもの。

例えば「モーリシャス諸島2000ユーロ」のパッケージでは、往復エアチケットにホテル、4つのオプショナルツアー、ワクチン接種付き(しかもどのワクチンがいいか、自由に選べる!)という魅力的(?)な内容。

旅先でそんなふうにワクチンを受けて、具合が悪くなったらどうするんだろう?と呆れていたら、ワクチンが余っている国へ接種を受けに行くケースが、イタリア裕福層の間ではすでに続々と出ているというからびっくり。

気になるワクチンの効果持続期間は?

ワクチン接種が開始された直後には、

「このワクチンがどれぐらいの間、有効な抗体を維持できるのかは不明」

とあちこちで議論されていたのに、今は影を潜めてしまっている。イタリア国立衛生研究所のサイトを見ると、ワクチンについてのQ&Aのページに

「ワクチンによる保護効果はどれぐらいの期間あるのですか?」

という質問がある。その答えは

「現在までのところ数ヶ月というデータが出ていますが、経過を観察していく必要があります」


という曖昧なもの。ということは、政府が目指すように、9月までに80%の国民がワクチン接種を終えられとしても、抗体が数ヶ月で消えてしまうなら、また順番に接種し直さなければならないの?  そんな心配も湧き上がってくる。

そして、その心配を裏書きするように、今度はファイザーのワクチンは3回する必要があり、その後、毎年接種する必要があるかもしれない、というニュースが出た。

ワクチンをめぐるそんな大混乱に踊らされている、今のイタリアだ。




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