ファスト映像消費に関する所感

『映画プレゼン女子高生 邦キチ!映子さん』がファスト映画・ファスト消費をお題にした回だった。

『邦画プレゼン女子高生 邦キチ! 映子さん』Season10/4本目「映画を早送りで観る人たち」(後編)
https://comic-ogyaaa.com/episode/4856001361157394085

この問題なー、そもそも「する彼ら/しない俺」って二値で切り分けていいのか? というのをずっと内省し続けてるんだよな……

例えば、飲み食いしながらアニメを見る、何かの作業のBGVがてらに映画を流す、SNSにテレビ放送の実況書き込みをする、なんてのは日常的におこなう人が相当数いるわけで。作品の提供するものをあまさず体験し尽くすことの最も極端が「終始一秒たりとも画面から目をそらさず集中を途切れさせることなく心身を鑑賞のためだけに使う」だとしたら、ながら見を一度でもしたことある人間は「ちゃんと体験しない」というのを他人事にできないんじゃあないか、と。

もちろん、実際には「いや、別にこのくらいはいいだろう」というラインはあるんだけど、「このくらい」っていうことはつまり程度の問題であるということ、する/しないではなくグラデーション上のどこかにみんながいるってことなんだよね。

って考えると、やっぱそもそもの若者論としての建て付け(我々のようではない彼ら、という線引き)には軋みがあるんじゃないかなあ、ってね。そう言いつつ結局がっつり肯定できるわけでもないので、グルグル考え続けているんだけれども。

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