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熱く、真っ直ぐな野球賛歌/平野陽明「ライオンズ、1958。」

(初出:旧ブログ2019/01/17)

 我々埼玉西武ファンは福岡ライオンズに対して複雑な感情を持っている。近年まで野武士軍団の栄光も、黒い霧の暗部も全てひっくるめて蓋をしてきたことに対する引っかかっりと、福岡から埼玉に居を移してくれたからこそ、我々の元に若獅子たちがやってきてくれたという、「仇花」的な思いを感じている。特にここ最近ソフトバンクが埼玉西武をボコボコにしているのを見ると、「ご先祖様をないがしろにしてきたバチがここに来て当たっているのではないか」と思ってしまうほどだ。


 平野陽明の「ライオンズ、1958。」も西鉄ライオンズの栄光とまだ戦後復興から完全に立ち直っていない日本の暗部を長浜ラーメンよりもコッテリとがっつり書いた大衆文学に仕上がっている。冷静でインテリジェンスだが、芯には熱いものを持った新聞記者・木谷と、全てに白黒をハッキリ付けなければ気が済まないヤクザ・田宮という対照的な2人が西鉄ライオンズと1個の白球を通じて数奇な縁で繋がっていく。言ってみればベタ中のベタ、屈託のないド直球なあらすじになっているが、豪快奔放の野武士の軍団にピッタリなあらすじである。

 本当にどこを切り取っても熱く、漢くさい小説で、この感覚、どっかで見覚えがあると思ったが、甲斐よしひろの歌がそうである。甲斐バンドの曲は歌詞のどの部分を切り取ってもワイルドで、洗練された単語に満ちている。甲斐よしひろも福岡出身。大陸や東南アジアとの入り口でもある福岡という地場が本州とはまた違う、益荒男を作り上げているのだろう。

●気になった箇所
「童貞の君を、チームの選手が信じて守ってくれると思うかい」
大下弘が新人の稲尾和久に投げかけた言葉。飲む打つ買うの時代を象徴するような一言。無事大人になった<サイちゃん>は、大投手になる。

これは、おちんちんをつけて生まれてきた種族すべての願いだ。柵越えを放ち、満場の喝采を浴びながら、ダイヤモンドを一周してみたい。男の子として生まれ、一度としてそう願わなかった者がいるだろうか。
病弱な孤児院の少年が、本塁打を打ってみたいと言ったと時のくだり。力で白球をグラウンドから押しのけ、ダイヤモンド四方の全てから注目を浴び、ゆっくりと恍惚に浸るように塁を踏みしめる。ホームランとは野球における絶頂であり、憧れない野球少年などいない。この小説のホモソーシャル的漢くささを象徴する文章だと思う。

#野球 #小説 #西武

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