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他者の過去を受け止める街の温かい映画:『つぐない ~新宿ゴールデン街の女~』/映画の中の東京⑤

(記事の性質上、映画作品の核心・ネタバレ部分を含みます。ご了承ください)


 常にどこかしらで工事が行われ、都市計画の面でも最先端であり続ける東京において、新宿の歌舞伎町にありながら「いつでも昭和」の新宿ゴールデン街は異色の土地かもしれない。私も新宿に住んでいたこともあり、頻繁にというほどではないが、下戸ながらもよくゴールデン街で遊んでいた。

 カウンターで隣同士になった相手の中には、波乱に満ちた生い立ちや暮らしをあっけらかんと語る人物もいた。別の時間帯の、別の飲み屋街だったら絶対に話さないであろう内容を、なぜかゴールデン街の中においては自然に語ることが出来、聴く側も無理なく耳を傾けることが出来る不思議な空間なのである。思えばこうした他人の人生をちょっと「のぞき見」するような感覚は、映画を見るという行動に少し似ているかもしれない。



 銀残しの画面で撮られた冬のゴールデン街に、東子(工藤翔子)というほかの客からも<「ワケアリだね」>と言われる女性が舞い込んでくる。ゴールデン街の人々との交流の中で、東子の一筋縄にはいかない過去が少しずつほぐれていく。彼女の憂いとこわばりを含みながらも喜怒哀楽を重ねていく表情には、冷ややかな映像と対照的な愛嬌がある。

 この作品はR-15レイティング(年齢制限)がなされたピンク映画であるが、いまおかしんじ監督の映画の中の男女はセックスシーンも含めて、血の通った人間の温かい愛嬌がある。仮に裸を見せあうシーンであっても、やさしく穏やかな気分になることも少なくない。いまおかが2011年に監督した『若きロッテちゃんの悩み』の予告編には<温かい映画、やっぱりいまおかしんじだ!>と書かれていたほどだ。
 セックス、ピンク映画という単語にたじろぎ、身構えてしまう人もいるかもしれないが、あまり気負わずに見てほしい。


 本来、セックスと日常生活は地続きである。一部のポルノコンテンツのなかのセックスを日常から線引きすることはあったとしても、日常から逸脱した行動ではない。この映画を含めた「温かい」いまおか映画の濡れ場を見て「笑みがこぼれる」ということもあるが、そのことが決して不自然な感情ではないように思う。



 この『つぐない』はファンタジーの映画ではない。死別した恋人が河童になって現れる『UNDERWATERLOVE ~おんなの河童~』(2011)のような作品を撮ることもあるいまおかであるが、『つぐない』にはそうした人智を超越した存在は現れない。しかしどのいまおか映画も登場するキャラクターのリアリティに関わらず、幻想的なやわらかい印象を受けるのは、先述した愛嬌にも通じるだろう。

 途中に、ド派手な装飾の自転車を漕ぐ虎のお面をかぶる男性が現れるが、彼は「新宿タイガー」の愛称で親しまれている実在の人物である(私もゴールデン街で何回も目撃している)。
 突然「特異な存在」が通りかかるシーンとして、フェデリコ・フェリーニの『道』(1954)の、夜中の路上に取り残されたジュリエッタ・マシーナの前を脈絡もなく静かに馬が通りかかる場面が挙げられるが、フェリーニと異なるのは『つぐない』における新宿タイガーは、ゴールデン街においては「おなじみの光景」であり、ファンタジックな映画表現ではないということだ。

 そしてド派手な格好の彼すらも溶け込んでいく光景こそ、ゴールデン街の奥深さや懐の深さと言えるかもしれない。



「セックス」を「死」の対局(生命の始点と終点である)と捉える表現をする作家も少なくないが、『つぐない』を含めた多くのいまおかしんじ映画からもそのことがうかがえる。誰かの死に関するシーンであっても繰り返しになるが、この映画から「温かさ」が失われることはない。あらゆる人間が逃れられない死もまた、セックスシーン同様に日常から地続きに描かれている。

 少しずつ見えてきた東子の過去には随分と血なまぐさいこともあったようだ。だがこの映画でその死について全てを語ることはない。映画である以上、回想シーンのような場面を挿入することも可能だが、この映画はそれをしない。無理に多くを語らないことで、観る側の感情を強引に引き出すことなく、人間が生きる上で避けられない「死」を描くのだ。

 私はゴールデン街で東子ほどの過去を背負った人に出会ったことはまだない。しかし話の端々に、「この人の過去には、もっともっと大きなことがあったのではないだろうか」と想像してしまうような人に出会ったことは何回もある。それでも先に述べたとおり、ゴールデン街で聞くと「まあ、人生いろいろあるよね」くらいの気持ちで受け止めることができる。『つぐない』という映画は、ゴールデン街のそういった雰囲気が生んだ作品なのである。



 ゴールデン街からの帰り道。花園神社とゴールデン街の中間にある細い道路を歩きながら思うことがある。300前後の店があるこの街の、自分が行かなかった店では今夜どんな人が集まり、どんな会話をしているのだろうかと。案外東子のような女性が過去の男と……、さすがにオーバーかなと思う一方で、ここは新宿ゴールデン街だし、あってもおかしくないかなという風にも思う。


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