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5.行き場のないおはなし

とっさに腕を掴んだ。

「何やってんだ」

そういった教師の目の前に移るのは、悲しい瞳をたたえた女子中学生の姿があった。

「どうしてこんなことしている?」

「先生だって、もう夜の十一時ですよ。学校には行ってきちゃいけない時間なのに、何してるんですか」

「お前だって同じだろう」

「生徒に向かってお前、だなんて。訴えますよ」

きりっと目を細めて教師を見る。

「どうしても忘れられない忘れ物をしたんでな。とりにきたら屋上に人が立ってたもんだから、つい走り出してたよ」

「そうですか」

「なんかあったなら話を聞く。だから飛び降りるのだけはやめてくれ」

「夜風に当たってただけですよ」

「それにしては危険な場所だ」

女子中学生の膝まである黒髪が風になびく。

「話を聞いてくれるんですか」

「ああ。何でも聞くさ。あいにく暇なんでね」

「どんなこともですか」

「そうだよ。金の話でも、恋の話でも、なんでも聞いてやる」

「それを叶えてくれますか」

「叶えてやれることは努力しよう。だからもう柵の内側にきてくれ」

女子中学生は柵の向こう側、少し触れれば落ちるといった場所に立っていた。

「わかりました」

彼女は柵に手をかけ、軽々しく飛び越えて、屋上のコンクリートに座る。

「で? どうしたんだ一体」

「先生は、私のこと知っているんですか」

「まあ、国語の担当だからな、それなりには。優秀な生徒、なんだろう? 担任からも少しは聞いているよ」

「そう」

彼女は髪を耳にかけた。そしてまっすぐに教師を見据える。

「じゃあ、願い事、叶えてくれますか」

「まあ、聞いてやる」


「私のこと、殺してくれませんか」