見出し画像

僕と君の逃避行

【ことのは100】21.見つけて
https://miyabiyuubae21.wixsite.com/kotonoha

僕が君と出会ったのは、雪の降る冬の日でしたね。
それはもう、運命としか言いようのない出会いでした。
「何してんの? こんなところで」そうあっけらかんと話しかけた君に冷たくしたのは、今でも悔やんでいます。
君は笑って言いました。「一緒に逃避行しない?」

不登校になった理由は、今でもわかりません。
でも友達となじめなかった、それを学校は許さなかった、それが苦痛であった、そんな些細なことだと思うのです。
親にも呆れられ、父親に家を出て行けと言われた僕は、街をさまよいました。
照明がまぶしいショッピングセンター入り口で座り込んだ僕を見つけてくれた君。
君もまた、僕と同じような境遇なのだろうと、ひとめでわかりました。
しかし、君はクラスでは人気の明るい女の子だったと記憶していました。
なので声をかけてくる君が恐ろしくもあり、またひどく感傷を覚えました。

君は僕の手を引き、海に出かけましたね。海に行きたいと言って。
砂を蹴りながら歩き進む君は、学校での君でした。
しかし表情は小学六年生ではできないような、大人びたものでした。
そんな狭間に入り込んだ僕が、君に惹かれるのは当然のことでした。

君に会いたいと、学校に行きました。
君に話したいと、一緒に帰りました。
それを拒まなかった君は、やはり逃避行の仲間以上の想いを僕に寄せているからだろうと思っていました。
でも決して、君は君自身のことを話そうとしなかった。
静かな、それでも素敵な、初々しい光景であったと思います。

普段学校を休まない君が突然休み始めて、僕はひどく動揺しました。
そしてプリントを持っていくという口実で君の家に行きました。
浮かれて当然で、君がいないなんてことも考えずに。
インターフォンを押して出てきたのが、まさか君であったと、最初は思いもしませんでした。
健康的な身体の至る所に青あざが主張し、
彼女の綺麗な大きな目の片方には眼帯がなされ、
ただでさえ痩せていた体型は悪化して痩せこけ、
悲壮感がどこからともなくただよう少女が、そこにいました。
何も言わずに、ぼやっと僕を見て、血を吐きました。
この家には、鬼がいる。
そう思って、僕は言いました。「逃避行しよう」
君はうんともすんとも言わずに、ただ僕の腕を握りました。

そこからは、僕の家まで二人で手をつないで歩きました。
生まれて初めて、女の子と手をつないで歩いたのです。
そして家に帰って母親に告げると、とんとん拍子に事は進みました。
君が何を思っていたのか、感じていたのか、その時は全く考えていませんでした。
ですが、何か伝えたくて、僕を頼ったのではないか、そう思うのです。
最初に声をかけたのも、黙っている僕と一緒に帰ったのも、何かを伝えたかったのにできなかった。
そんな不器用な少女が、たまらなく、愛おしく感じました。

一週間たったある日、君は転校することになりましたね。
心臓が飛び出てしまいそうなくらい、つらい気持ちと、
心の重い鉛のようなものがすっと下に落ちた、ほっとした気持ちと、
両方がもやもやっと浮かんできました。
僕たちは、離れ離れになってしまった。

淡くほろ苦い初恋であると、そんな風に終わらせようとした今年の夏のこと。
受験という忙しさも相まって、郵便物など気にも留めませんでした。
しかし、一か月前に送られてきた君からの手紙を見て、僕は、張り裂けそうになりました。
海の記憶、学校へ行ったこと、不登校時代、逃避行―――。
今すぐにでも君に会いに行きたいと思っていました。
それができずにいたのは、受験のせいであると、そう言い訳をしていました。
でもずっと、考えていたのだと思います。
手紙に書かれていた幸せな家族模様。
僕は、正直受け止めきれなかった。
もしかしたら、嘘なんじゃないか。
そんな気持ちもよぎりました。

でも考えているうちに、気づいたのです。
誰だって、いつだって、見つけてと叫んでいること。
笑顔の裏に痩せこけた少女がいたこと。
嘘であっても、本当であっても、僕は、会いたい。
君が幸せであっても、そうでなくとも。

だから、これから、会いに行きます。
電車を乗り継いで、高校生近い僕にとっては少し遠い旅路です。
君がどんなふうになっているのか、僕はそれを受け止められるのか。
わからない、わからないけれど、僕は君に会いに行く。
そんな道中で書いたこんな文を、手紙にしようかとも思ったけれど、
それは恥ずかしいのでやめます。
僕の、一生の、内緒です。

きっとあの時君が話しかけてくれなかったら、僕は愛を知りませんでした。
愛というか、複雑に動くこの心を、深く認識しようとは思わなかったでしょう。
君のおかげです。
だから、君と出会ったあの雪の日が、僕の第二の誕生日です。
二度目に、愛を持って生まれた誕生日。