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その壁を超えよう*宝塚月組『All for One~ダルタニアンと太陽王~』

これは面白かった。

『All for One』というタイトルに偽りなしの、「みんな」が活躍する快作だった。

『三銃士』のストーリーをベースに、「もしもルイ14世が女の子だったら」という少女マンガ的な発想を絡ませたコスチュームものコメディなんだけど、この発想の勝利だと思う。ここに現代人の感覚を吹き込むことにも成功していて、『三銃士』と太陽王のエピソードのほか、「フィガロの結婚」や『紫子』『ベルばら』のように、深刻に受け止めがちな性の違いを上品に笑い飛ばす場面も楽しい。小池修一郎先生のオリジナル作品ではひさびさのヒットだと思う。小池先生、これ、作るの楽しかったんじゃないかなあ。

映画の世界では、巨匠と呼ばれるような映画作家が、キャリアの晩年になって、新人時代に回帰したような「若い」作品を撮ることがよくある。この『All for One』も、まさにそんな感じ。すっかり巨匠となった小池修一郎先生ですが、『ヴァレンチノ〜愛の彷徨〜』でバウホール・デビューし、『蒼いくちづけ』『タイム・アダージオ』『美しき野獣』、大劇場で『天使の微笑・悪魔の涙』『アポロンの迷宮』『華麗なるギャツビー』と、立て続けに傑作・佳作・快作を生み出した演出家デビュー当時に戻ったようなみずみずしさがあった。

もちろん、『アポロンの迷宮』あたりと較べると、テンポ感や現代感覚の取り入れ方、演出はずいぶん成熟しているから(当然ですね)、巨匠が気楽に作った感がいっぱいで、観ていて本当に楽しい。もしかしたらだけど、弟子的な存在である小柳先生の舞台から、逆に教えられたようなことがあったのかもしれない。そういう柔軟性があるのも小池先生のよいところ。

でも、この作品でなんといっても素晴らしいのは月組の「みんな」だ。

最初に「発想の勝利」と書いたけれど、その「発想」をもたらしたのは、月組の組子たちだろう。誰も彼もが役にピタリとハマって痛快。そして、笑っちゃうくらいに、芝居心に富んでいる。

例えば、悪役チーム。マザラン枢機卿(一樹千尋)は相変わらずすてきな悪役だし、その甥にして護衛隊の隊長であるベルナルド(月城かなと)は、コメディ感をにじませながらの色悪という難役を演じきっている傍らで、二人の後ろをいつも付いて回っている甥っ子のフィリップ(紫門ゆりや)が、セリフのないところで、絶妙な小芝居をやっているものだから、まったく目が離せない(笑)。そういった芝居センスを、みんながみんな、力不足で悪目立ちすることも、やりすぎて客席を引かせることもなく発揮しているので、舞台の上が本当に豊かになる。

キャスティングがハマりにハマった作品だけれど、中でも飛び抜けていたのが、ルイ14世を演じたちゃぴ(愛希れいか)の存在だ。題名では「みんな」がタイトルロールということにはなっているけれど、男役時代を経験し、組を代表するダンサーでもある愛希 れいかの存在なしにはこの作品は成立しなかったはず。いちばん最初に置かれたピースは、ちゃぴのルイ14世だったと思う。

叫びたくなるほどチャーミングだった。

『ベルばら』を月組でやると知ったときに、どれだけ「ちゃぴにオスカルを!」と願ったことか。宝塚歌劇では、不思議な事に娘役がオスカルを演じることは実現していない。わたしが観てきた中では、陽月華ちゃんに次いで、「絶対にオスカルができる!」「見たい!」と熱望したのだけど、その夢は叶えらなかった…。違う作品になったけれど、そのときの願いが叶ったようなうれしさもあった(もしかしたら小池先生の中にも、そんなような「ベルばら」に対する思いがあったのかもしれない)。

いや、オスカルより面白いです、この役。『エリザベート』にも匹敵する、堂々たる娘役主導の舞台だった。

とはいえ、そんな荒業を可能にしたのも、ダルタニアンを演じたトップスターが、全てを大肯定してしまえるような包容力を持った珠城りょうだったからだろう。ということは、やはり、二つのピースが最初に置かれたと言い換えるべきかもしれない。

このコンビの同級生夫婦のようなさわやかな関係性は、新しいし、現代感覚にもマッチしている。たまきさんをうまくたとえる言葉が見つからないんだけど、「逃げ恥」の星野源的をイメージしたら、ちょっと近づいてきた。旧来のタカラヅカでは主役たりえなかった、リアルな理想の上司的包容力とか、男女を超えた友愛関係が、そのままダルタニアンのキャラとなり、この群像劇を成功に導いた…。と、いえるかもしれない。

そして、モンパンシェ公爵夫人を演じた沙央くらまです! 男役でありながら、妖艶な女役ができる人だということはよーく知っていたけど、こんなにチャーミングに演じているなんて聞いてなかった(笑)。

いわゆるヴァンプ(妖婦)役で、ビッチなこと、年を取り過ぎていることで笑いを取る方向に行きがちなんだけど、コマちゃんはそんな愚かなことはしない。ビッチなのにかわいいし、もちろん色気があるし、愚かしさをふりまきながら、最後はちゃっかりいいとこを持っていって、客席をいい気持ちにさせてしまえる。タカラヅカでもこんなことができるんだと、本当に感動しました。

ほんと、かわいい悪女だった、モンパンシェ公爵夫人。こんなことができるのって、今のタカラヅカだったら誰がいるだろうと想像したら、花組の桜咲彩花ちゃんか、雪組の愛すみれちゃんしか、思い浮かばなかった。

舞台を観た何日か後に、コマちゃんが次の雪組公演で対談することを知り、本当に落ち込んだ。フィナーレでも女役で登場して、かわいかったなあ。うう…。つらい…。

三銃士ももちろんカッコよかった。

アラミス(美弥るりか)は、誰もが納得のチャラい美剣士。軍服より、司祭服姿のほうが色気があったのは、みやるりさんらしさだろうか。

アトス(宇月颯)は、美髯のクール・ダンディ。表情や身のこなしがすてきで、ついつい目を奪われがちになる。

ポルトス(暁千星)は、やんちゃな体育会系。ここはタカラヅカのオリジナルっぽかったけれど、ありちゃんそのままでかわいかった。

三人三様できっちりキャラづけされているし、感心したのは、冒頭での三銃士と銃士隊のダンス。三銃士それぞれの個性が踊りっぷりで表現されていたことだ。宇月さんとありちゃんのダンスは、群舞でも目を引くけれど、今回は格別。あのダンスを観ただけでどんな役かがわかったもの。カッコよかった!

もちろん、ほかのみんなも素晴らしかった。アンヌの憧花 ゆりのさんのエッジの効いた役づくりはいつも楽しみ。ボーフォール公爵の光月るうさんはいつも安心して観ていられる。乳母マドレーヌの夏月 都さんのチャーミングなこと。もう、大好き!

スペイン王女マリア・テレサの海乃美月ちゃんも芝居の達者さを見せてくれたし(ちゃんとコメディができるのね)、ジョルジュの風間柚乃くんの安定感! 組内オーディションでこの役を勝ち得たというのも納得です。

フィナーレもとってもよかった。

まず、ロケットに度肝を抜かれました。振付は元花組の名ダンサー、鈴懸三由岐さん。いやあ、ミオリ先生といい、鈴懸先生といい、花組の娘役ダンサーったら、実に厳しい(笑)。「あれ? これって初舞台生のロケットだったっけ?」と錯覚するくらい、フォーメーションは変わるわ、踊りまくるわ。団体賞をあげたいくらいだった。

ロケットから後は、KAORIaliveさんの振付。タカラヅカは初めてですよね? いわゆる娘役と男役を生かした伝統的なダンスとは違っていて、そこがカッコよかったし、この作品のコンセプトにハマっていたと思う。

最後のトップコンビのデュエットダンス。これがまた素晴らしかった。男役がエスコートして、娘役が華麗に舞う、オーソドックスなデュエットダンスとは全然違う。二人は対等で、踊りながら、双頭の鷲になっていく。

こんなデュエダン観たことないよ。ちゃぴとたまきさんにしか踊れないよ。

ちゃぴは大好きな娘役さんだけど、いわゆる「娘役らしさ」には欠けていて、王道のデュエットダンスは厳しいなあと思っていたから、こういうひねったデュエダンもアリなんだと思うと、ぱーっと二人の未来が広がった。どうかどうか、二人にしか出来ない新しい関係性を見せてください。

そうそう、「壁ドン」もよかったです。

そもそもわたしは「壁ドン」のよさがまったくわからないのだけど、「壁ドン」の場面があることは知っていて、「壁ドンねえ…」なんて、冷めた感じで捉えていたのだけど、意外にも、めちゃくちゃ楽しかった。

「お前が俺の壁だー!」

劇中で、目の前の壁と格闘するベルナルドが、最後に叫ぶこのセリフを叫んだときの、なんともいえない爽快な気分。

みんなが「壁を超える」ことが、この作品のテーマだったんですね。

「身分を超えてゆけ」「男女を超えてゆけ」「過去を超えてゆけ」

うん。やっぱり、「夫婦を超えていけ」の『逃げ恥』っぽいのではないかしら。

そして、偶然にも、元SMAPの三人の「ボーダーを超えよう」というメッセージにもつながる。

いいなあ、月組。すごく面白い。次の作品も楽しいものを見せてもらえそうな予感。楽しみにします。

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大切なセリフをきっちりと伝え、劇中を通して「壁を超える」というテーマを体現したベルナルドの月城かなとくん。難しい役だったと思うけれど、よくがんばった。月組が君の城なのね。

実はこの作品、新人公演を先に観ているのだけど、ダルタニアンの蓮つかさちゃん、ルイ/ルイーズの結愛かれんちゃん、ベルナルドの風間柚乃くん、モンパンシェ公爵夫人の海乃美月ちゃんがとにかく素晴らしかったです。

「壁を超える」というテーマも、新人公演ではより際立って、かわいい青春群像劇という印象。本公演とはもちろん違っていて、どちらもよくてというところに、月組の底力を感じました。

残念だったのは、こんなに楽しいとは思わず、一回しか観られなかったこと。Blu-ray、買っちゃう?

最後にもう一つ、小池先生のこだわり続けているラップ的なナンバーも、初めて作品にマッチしていたと思う。もしかして「壁を超えた」?

(海山絹子)





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