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そして汽車は走る*宝塚雪組『特急20世紀号に乗って』

ON THE TWENTIETH CENTURYBook and Lyrics by Adolph Green and Betty ComdenMusic by Cy ColemanBased on a play by Ben Hecht and Charles McArthur and also a play by Bruce Milholland“On the Twentieth Century” is presented by special arrangement with SAMUEL FRENCH, INC.潤色・演出/原田 諒

■歌うマシンガン・トーク

シアターオーブでの公演が始まりました。

音楽、ショーナンバー、装置、シンプルなストーリー、そしてハッピーエンディングからの洗練されたフィナーレ。文句なしに楽しめる大人のミュージカルです。

それもそのはず、原作は、ハワード・ホークスの映画『特急二十世紀』(1934)。ホークスのスクリューボールコメディの始まりといわれる名作(公開当時はそれほどのヒットにはならなかったらしいけれど)です。

『ハワード・ホークス映画祭』カタログによると、チャールズ・ブルース・ミルホランド作の"The Napoleon of Broadway"という戯曲を下敷に、ベン・ヘクトとチャールズ・マッカーサーが映画用に書き上げたもの。冒頭にブロードウェイでの二人の出会いや別れのシーンを追加するなど、ホークスはかなり改変させたらしい。

そんな大人のラブコメ(スクリューボール・コメディ)を、だいもん、まあやという、パフォーマンス能力がハンパないトップコンビを擁する雪組が上演する。どんなミュージカルになるのか、上演を知ったときから楽しみで仕方なかった。

初日に見た全体の印象は初めに書いたとおり。ミュージカル作品は未見なので、映画の印象だけを持って観ると、ドタバタコントにし過ぎているようには感じたけれど、スミレコードが働いて、官能性の高いところをコントで表現した、ということなのかもしれない。

ただ、オスカーとリリーの場面はもっとじっくり見たかったかな。特に、この作品の面白みである、オスカーとリリーがマシンガントークでバトルする(笑)ところは、もう少し際立たせてほしかったと思う。

いや、分かってますよ、到着時間が決まっているのは。フィナーレも控えているしね。

幸いにも、いささか詰め込みすぎのセリフも、出発した列車が止まらないような抜き差しならないスピード感や緊迫感を出すことに成功した、といえるかもしれません。勢いで突っ走った感が目立ったのは、初日ということもあっただろうし。いずれにしても、ほんの些細なことに思える。

なにしろ物語の芯となる主演の二人、望海 風斗(オスカー・ジャフィ)と真彩 希帆(リリー・ガーランド)がすばらしいのです。歌と芝居と舞台センスがしっかりしているので、少々のアクシデントや、やり過ぎたり、追いつかない部分が出てきたとしても、作品を脱線することなく走らせ、最後にはすてきな気分で終着駅まで運んでくれることを観客は知っている。

不景気な世の中だからこそ、そんな優良きっぷが人気になるのは当然。観たいのに観られない人が増えていくのは残念だけれど、ともかくも、だいもんとまあや、そして雪組による、最高のミュージカル特急は走り出しました。

■ショービズ界の怪しいやつら

原作の映画『特急二十世紀』には、ハリウッドに対する皮肉や、ハワード・ホークスの自虐的なパロディ精神が込められていて、それはもちろん登場人物たちの多くに投影されている。

主人公のオスカー、リリーはもちろん、彼らの周囲にいるショービジネス界を生き抜いてきた人たちは、みんな思いっきりうさん臭い。誰も彼もが、派手なことが大好きで、お金と成功のことしか考えていない野心の塊です(笑)。

コメディーだから、そこを笑いに変えているけれど、タカラヅカらしい作品とはとてもいえないわけで。でも、そこを「タカラヅカのミュージカル」として成立させているだいもんとまあやのやり手ぶりときたら。ミュージカルスターとしての力量のある二人だから、ここまでに仕上げられたのだと思う。

とくに難しいのはリリーだったと思う。基本的なスキルで勝負できる輸入ミュージカルになると、もう真彩希帆さんったら、水を得た魚状態。リリーのしたたかさ、獰猛さ(褒めてます)を、キュートさを失わずに表現している、解き放たれたまあやを観るのは本当に楽しい。これ以上の役に巡り合うことはないのでは? と余計な心配をしてまうほどの当たり役です。

一幕、二幕ともに入る、リリーの大ナンバー・劇中劇は、初日からして堂々たる出来映え。でも、ここはソロなのだから、もっともっとやっちゃって大丈夫だと思う。個人的に大好きなのは、オーディションのピアノ弾き時代のリリーと、自分の思いを独白するところです。こういう場面をタカラヅカの娘役さんが演じると、力が入りすぎてしまうことが多いんだけど、まあやさんの力の抜け加減は最高でした。

だいもんのオスカーも、とってもいい。この人を信用してはいけない感がちゃんと出てるし、尊大にふるまったかと思えば、ちっちゃく卑屈になったり、感情と動きの起伏が激しいところがたまりません。芝居がかったオーバーリアクションもうまい。ちょっと『オーシャンズ11』のベネディクトさんを思い出したり。

さらに、この不動の二人にからんでくるリリーの恋人ブルース役の、咲ちゃん(彩風 咲奈)もいい。あのピンクのスーツの似合い方! なぜ、あんなにベビーピンクが似合っちゃうんだろう。「タカラヅカニュース」のお稽古場で着ていたピンクのシャツがかわいくて印象に残っていたところに、ピンクのスーツに白のファーといった出で立ちで登場したものだから、あやうく声をあげてしまいそうに(笑)。

ひと目で、体と顔だけが取り柄の俳優だってわかるし、笑いを取りながらも「似合ってしまっている」ところが素晴らしい。

ブルースは、何かを考えるという習慣を身につけることなく、顔と体と若さとマメさで世渡りしてきた人。そんな人らしく、一貫して体を張ったコントを担当するのだけど、それが、咲ちゃん自身の素朴さとうまく合ったのか、何をやってもチャーミング。「バカなところがかわいい」と思ってしまうのは人としてどうかという問題は残るけれど、そんなモヤモヤを振り切るかわいさ。アイドルって、世界から贔屓される人って、そういう良識を振り切ってしまう何かがあるものだよなあ…と、ひとまず自分に言い聞かせています。

言葉のギャグなら二度目には飽きてしまうけど、体を使って見せるギャグは飽きないもの。体を動かした果てに見えてくるものがあるかもしれないので、がんばって体当たり(笑)してほしい。

好きだったのは、一幕の《Mine》。だいもんオスカーと咲奈ブルースが、それぞれに、鏡に向かって自分に問いかけ、自分らしさを再認識する楽しいナンバーです。それぞれの客室でソロが同時進行するという、なんともオシャレな演出で、オスカーとブルースの特徴が際立って、とても楽しい。もともと男役同士のかけ合いソングが大好きなのだけど(最近はあまりなくて寂しい)、こういうひねった見せ方もコメディの面白さ。何度でも見たくなります。

オスカーのビジネス・パートナーは、オーエン(朝美 絢)とオリバー(真那 春人)。オスカー、オーエン、オリバーで「黄昏の三銃士」(だったかな?)を名乗るほどの強い絆で結ばれています。
(関係ないけど、三人ともイニシャルがOなのは何か意味があるんだろうか。汽車の車輪を意味しているとか…。いや、"Three Zeros"か!)

オスカーに振り回される二人は、たえず汽車の中を走り回って、作品をしっかり回しています。二幕後半に、三銃士でお金へ思慕を歌う《Five Zeros》は、ミュージカルらしいナンバーで、本当に楽しい。

あーさとまなはるは大熱演。あれだけのセリフと動きを、とても楽しく見せてくれていて、パフォーマンス自体には何の不満もないのだけど、オーエンとオリバーは、個性の違いをもっと際立たせたほうがよかったかもしれない。型どおりだけど、せっかちとおっとり、ひょひょろとふとっちょとか…。タカラヅカに詳しくない方が観たときに混同してしまわないかなと、余計な心配をしてしまった。

ミュージカルのコミカルな役どころというと、いつも思い出すのは、『キス・ミー・ケイト』の二人組ギャングを演じた瀬川佳英さんと真矢みきさん。みきちゃんは、当時、新進気鋭の男役スターでしたが、二人の差異を出すために、肉襦袢を着て登場。コミカルなんだけどカッコよくて、お二人が演じたギャングは『キス・ミー・ケイト』最大の当たり役になりました。

(ちょっと脱線。この座組で『キス・ミー・ケイト』ができますね。というか、ぴったり。『キス・ミー・ケイト』のストーリーが、いま、女性だけの劇団が上演する演目としては問題があるので、上田久美子先生の「Once upon...」枠でいかがでしょうか。観たい)

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■特急20世紀号を動かす心優しき人々

列車の中という限定された空間の中で起こるこの作品、ショービズ界のおかしな人たちとはうって変わって、特急20世紀号を運行する人々は誰もが善良です。

問題だらけの人たちを乗せていても、シカゴ駅から汽車を定刻通りに出発させ、乗客をニューヨークのグランド・セントラル・ステーションに送り届ける。素晴らしき「特急20世紀号」を体現しているのが、車掌のフラナガン(彩凪 翔)と4人のポーター、 チップ(諏訪 さき) 、タップ(橘 幸)、ポップ(星加 梨杏)、トップ(眞ノ宮 るい)。物語の「車輪」ともいえるはたらきで、セリフこそ少ないけれど、場面ごとに出方が凝っていて、ポーターの場面がとても楽しかった。

とりわけ、翔くんの車掌は「清く正しく美しく」、これがタカラヅカの作品であること、母体が阪急電鉄であることの確かさを思い出させてくれる。この安心感。そして「20世紀号」にも匹敵するブランド力。彼らは決して不正などはたらきませんしね(笑)。だから最後に「清く正しく美しく」クリーンな白い衣装で出てくるのかな。
(「車掌の一日」と「ドクターの一日」にはちょっと興味がある(笑))

二幕のオープニング・ナンバー、車掌さんとポーターたちの歌とタップダンスで構成されている《人生は汽車のように Life is like a train》も、劇中、屈指の名シーンです。

物語をジョーカー的にかき回すのが、レティシア・プリムローズ役の京 三紗さん。ほんと、かわいいおばあちゃんで、裏の主役といっていいほどの大活躍。いっちゃんさんなしには、こんなに愛らしい作品にならなかったと思う。

二幕後半にピンポイントで登場するドクター・ジョンソンのMr. 芸達者 久城 あすくんのセリフのない芝居は必見。

沙羅 アンナちゃんのいろっぽ~いアンナと透真 かずき氏のグローバー・ロックウッド、女優イメルダ・ソーントンの沙月 愛奈さんも、忘れがたい印象を残していきます。

■終着駅で待っていたのは…

特急20世紀号がグランド・セントラル・ステーションに到着するのが物語のラストシーン。

「あ」と思ったのは、レティシアからゼロが7つもついた小切手を手にしてからのオスカーの行動でした。

オスカーは元々、舞台の資金がほしくて、リリーに近づいたわけで、資金を手にした時点で、もうリリーに出演してもらう必要はない。なのに、リリーを求め続けている。ここに来てやっと、本心があらわになってきます。

オスカーが心の底で求めていたのは、舞台の資金でも、主演女優のリリー・ガーランドでもなく、出会ったときの、まだリリーとなる前の、強くたくましく美しいリリーだった――そんなエンディングに、これこそが「スクリューボール・コメディ」と、納得しきりでした。

この後の二人が本当にハッピーエンドなのかは大いに疑問ですが。なにしろ、ショービズ界に生きるプロデューサーと女優だから(笑)。

そして、このミュージカルが素晴らしいのは、すてきなすてきなフィナーレがついていること。

幕がおりると、敏腕プロデューサー、マックス・ジェイコブスを演じた縣 千くんが、黒燕尾にシルクハット、手にはケーンといった出で立ちで登場。白いドレスの4人のレディに囲まれて、フレッド・アステアばりに華麗なステップを見せてくれます。

再び幕が上がると、次の出発を待つ特急20世紀号と、ブルースとはもう別人のようにスッキリとした咲ちゃんが、汽車に軽くもたれてほほえんでいる。ここから始まるソロのソング&ダンスのナンバーと、次第に人数が増えて、最後はだいもんとまあやまでもが合流する全員のタップダンスになる場面は素晴らしすぎて、「すてきだった」こと、「タップがきれいだった」こと、「しあわせだったこと」しか記憶にない(笑)。

大浦みずきさんがトップだった時代のショー、『ザ・フラッシュ!』『ザ・ショーケース』あたりを思い起こさせるような洗練されたフィナーレで、こういうクラシカルなショーを雪組で観たいなという思いまでかき立てられた、楽しくも幸福な観劇でした。

初日のカーテンコールのあいさつがまた、かわいくて。何度目かのカーテンコールで、スタオベになっていたとき、いきなり、「せっかく立っていただいたので、何か皆さんと思い出を作りたい」と言いながら、思いつかなくて翔くんに無茶振りするだいもん(笑)。その翔くんに、すかさずプロデュースする咲ちゃん。雪組の列車は今日も通常運行中。

こちらのリンクは、ブロードウェイ版の『On the 20th Century』。舞台を観てから聞くといっそう楽しい。雪組の『特急20世紀号に乗って』もCDやBlu-rayになるといいなあ。


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