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宝塚宙組『カルト・ワイン』

   観劇は、行先の分からないクルマに乗るようなもの。初めての演出家の作品ともなれば、そのドキドキ感はなおさらだ。
 でも、ドライバーの運転技術が確かかどうかは、はじめの数分でたいてい分かる。この『カルト・ワイン』も、何の心配もなく、舞台上で起こることを観ていればいいことがすぐに分かった。あらかじめ、行き先を示すヒントが出され、語り口は軽快。テンポもいい。音楽もいい。芝居も見せる。一気に物語の世界に引き込まれ、痛快なラストにうならされる快作だった。

 作・演出は栗田優香さん。2021年に『夢千鳥』(和希そら主演)でデビューしたばかりの新進演出家だ。
 『夢千鳥』は配信でしか見ていなくて、劇場で観ていたら違う感想をもったのもしれないけれど、実はあまりいい印象は持っていなかった。何もかもが過剰に感じられて、世界観と愛憎の描写が好みではなかったし、セリフや演出に時代の空気が感じられなかった。すべて狙ったところなのかもしれないけれど、だとしたら、自分の好みじゃない。そんなふうに思っていた。
 そこからの『カルト・ワイン』だったのだけれど、同じ演出家の作品とは思えないくらい、明るく突き抜けた作品になっていて本当に驚いた。栗田さん、器用な人なのかも。

 事実を元にしたフィクションだという。高級ワインを偽造し、ニューヨークのオークションで売りさばいて荒稼ぎした貧しい移民の男の半生を描いた物語。
 そう聞いても、期待値は高まらない。悪に手を染め、金の権力を手にした男が辿る破滅の道? 主人公が苦悩する姿をまた延々と見させられるの? 金、権力、名声、その象徴としての女性とか正義とか、力を得ようとしてもがく男の夢物語には心底飽き飽きしていたから(ホントに、なんでこんなに多いの?)、低めなテンションからの観劇となったのだけど。そんな想像は、気持ちよく裏切られた。
 なんといっても話がおもしろい。演出もいい。そして、桜木みなと、瑠風輝、松風輝、留依蒔世と役者がそろっている。
 冒頭で、主人公の貧しい生い立ちと、苦労してニューヨークにたどりつくまでの経緯をきちんと描いていたことに、まず、信頼できると思った。宝塚歌劇では、こういう場面は、大抵端折られたり、設定を伝えられるだけで流されることが多い。でも、こうした生活をきちんと描いていることが、物語が進むにつれて生きてくる。
 着地点は最初に示されるのだけど、ストーリーは読めないし、展開部も飽きることがない。オークション場面のショーナンバーも洗練されていたし(振付:三井聡)、最後には、痛快で爽快なエンディングが待っていた。本当に、どの場面も楽しかった。

 幕が開いてしばらくは、『凍てついた明日』(映画『ボニー&クライド』の翻案劇)を思い起こしたりしたのだけれど、二幕になってオフビートなクライム・ムービーみたいなノリになっていったのがとにかく楽しくて、いつのまにかそんな印象もどこかに消えていた。

 主役の桜木みなと(シエロ・アスール)さんと、瑠風輝(フリオ・マラディエガ)さんの二人がいい。もともと芝居には定評のある二人なのだけど、どんなことをしてもそれぞれのリアリティがあって、それぞれにチャーミングだった。
 タカラヅカの作品では不可欠とされる恋愛要素に頼らずに芝居をまとめているところにも好感をもった。ヒロイン枠の娘役とのロマンス要素が薄めな場合、男役同士のロマンス関係を読み取りやすい思わせぶりな場面をつくりがちなのだけど、そのあたりの描写も極めてクール。ここは、桜木さんと瑠風さんの役者としての勘がそうさせたのかもしれない。バディもの、ブロマンスの域を出ないものになっていて、そこも心から楽しめた。ひとりひとりのキャラクターが演じられていれば、人と人との関係はおのずと浮かび上がってくるはずだから。
 「宝塚歌劇にはロマンスが必要」。いつのまにかつくりあげていた謎のスミレルールにとらわれていたのは私たち観客だったのだと教えられた気さえする。ジェンダーに対する意識が変わり、魅力的な女らしさ/男らしさが変わっているいま、ときにはこうして恋愛から離れ、人の生き方を追究することができるのは、きっとよいことだと思う。

 リアリティをもって描かれているのは、二人の男だけではない。女たちも、役割ではなく、人として描かれていたと思う。主人公のシエロは、いろんな人から生きていくための知恵を学んでいくのだけど、ヒロイン格のアマンダ(春乃さくら)からワインの手ほどきを受けるという設定がいい。アマンダは、自分に向けられたマンスプレイニングを拒絶する場面もあった。おそらくこうしたエピソードは意識的に入れられているのだと思う。
 もう少しアマンダの内面を描いてほしかった気もちはあるけれど、時間内に収めるには仕方のないところか。宝塚歌劇の娘役としてはスパイスの効いた役を、春乃さくらさんが自然に演じていて、「自分で自分の人生を生きていけそう」と感じさせてくれたのもよかった。
 劇中、重要なポジションとなるオークション会社の重役も女性で、専科の五峰亜季さんが魅力的に演じていたことも書いておきたい。『NICE WORK IF YOU CAN GET IT』につづき、こういうボス役を演じたら最強。悪く、美しく、ゴージャス。

 他にも、人間味あふれる裏社会のボスをチャーミングに演じた留依蒔世さん、序盤で、身をもって宗教的な博愛をシエロに教える松風輝さん、なんだか分からないけど場をまとめてしまうオークショニアの風色日向さんらが好演。見応えのある芝居をつくりだしている。

  残念ながら、もう観劇はできそうにないのだけど、ドラマシティの最終日にライブ配信されるので、これは観たいと思う。あの登場人物たちがどう変わったかを見てみたいし、初日のアクシデントの場面を見直したい気持ちもある(フィナーレ用の紙吹雪が、誰もいない舞台中央に落ちてきてしまった)。

 フィナーレといえば、最後に桜木さんが歌ったのは沢田研二のナンバーか? と思ったら、やはりそうだったみたい。ここは小粋にキメてもよかったのでは? とも思ったけれど、そもそもこの『カルト・ワイン』は、安物を高級に仕立てて人々を煙に巻き、ペロッと舌を出す。そんな男の話である。桜木さんのシエロ・アスールには、こんなキッチュ! な歌世界がピッタリと思い直した。

 でも、ホントに痛快な観劇だった。どこにでもあるようなものを、付加価値を付けて立派なものに仕立てあげている物が、世の中にはいかにあふれていることか。あてこすりになってしまうけれど、宝塚にもそうした作品がたくさんある中、立派な経歴や衣装や装置に頼らずとも、役者たちの身一つでここまで面白くできるのだ。爽快で痛快な観劇だった。





シエロ・アスール



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