見出し画像

座禅→脳の暴走を楽しむ。

夏の早朝。夜明け前から近所の禅寺に行き、
庭園の前で座禅を組んでいるとき、突然ひらめきました。

「目の前に立っている立派な松の木と、私の細胞は、
 同じような構造だったな。」
と。

座禅においては、思考を停止してただ座ります。
普段は使わない脳の部分が活性化して、
暴走したのかもしれません(笑)

しかし、
下記「自分とか、ないから」を読んで、わかりました。
私の悟りは、それほど外れてないと(笑)

細胞の構造が似ている。という事は、
松と自分すら、祖先は同じです。
ましてや人間同士、争う必要はありません。

もっと言えば、世の中にあるのは物理法則だけであり、
その法則に従って、自分が誕生しただけ。
その自分も物理法則にしたがって、数十年後には消滅する。
仏教の「諸法無我」です。

「諸法無我」
自分は「無」であり、物理法則があるだけ。
しかし、その物理法則を通して、
自分はすべて(の環境)とつながっている。

「私の悟り」
自分(人間)と松の細胞は同じ構成。
つまり祖先は同じ。つながっている。

ご興味あれば、皆さんも、座禅を組んで、
脳の暴走を楽しんでください。
意外なひらめきが得られて楽しいですよ。

昨日は東福寺に行ってきました。私が通っていた禅寺の本山だからです。

京都 東福寺

本当に大きくて立派なお寺でした。
なんで、こんなに立派なんだろう??

多分、大昔から貴族やお金持ちが、人生に悩んで、
お寺に寄付してきたんでしょう。

これだけ莫大な寄付するということは、
地位やお金があっても、人生は思い通りにならず、
苦しいのだろうなと思いました。

自分は存在しないが、すべてとつながっている。
だから、周囲の人たちに親切にすることが、
深い喜びになる。自分と他人は1つだから。

心穏やかに。そういう生き方をしたいものです。






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?