都鳥

【令和新版画/浮世ラボ/版元】

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    • 令和新版画

      • 7本

      かつて墨田川にあった渡し舟。 「竹屋の渡し」は現在の台東区山谷掘南岸と対岸の墨田区向島の三囲神社下の間を行き来していた。向島岸辺の「都鳥」から対岸の「竹屋」に船を呼ぶ女将の「竹ヤー」の美しい声が有名だったと聞く。その茶屋「都鳥」の主で浮世絵/新版画の摺師をしていたのが曽祖父、高橋豊吉であった。 このたび、新時代の浮世絵新版画を作るというコンセプトのもと版元として作品を発表していくことになった。今は絶えてしまった浮世絵⇒新版画の系譜を継げるよう、曽祖父に肖り「都鳥」の名前を拝借しました。

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    雨の銀座/東京夜景

    ―東京夜景―土屋光逸の描いた銀座の絵がある。摺師だった曽祖父の遺した摺本を見ていたとき同席していた浮世絵研究者の方に教えて頂いたものだ。江戸から明治、大正、昭和に入り、どんどん移り変わる東京の風景。雨の夜、銀座は光に彩られている。 つちもちさんに原画を描いていただくことになったとき、つちもちさんの作品には不思議なノスタルジーがあると思った。これからつちもちさんに描いてもらう東京の風景は、木版画の歴史上断絶した光逸以後の東京で、昭和、平成、令和と変遷する時代のなか、街はど

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      • 都鳥のこと

        かつて墨田川にあった渡し舟「竹屋の渡し」は現在の台東区山谷掘南岸と対岸の墨田区向島の三囲神社下の間を行き来していた。 向島岸辺の茶屋「都鳥」から対岸の「竹屋」に船を呼ぶ女将の「竹ヤー」の美しい声が有名だったと伝えられ、その都鳥で浮世絵/新版画の摺師をしていたのが私の曽祖父、高橋豊吉だった。 現在の言問橋が出来るまで、都鳥は渡し船の発着場として茶屋を代々やっていたらしく隅田川の花見名所にもなっていたようだ。言問と都鳥の名詞的関連から言えば、伊勢物語に収録されている「名にし負

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        • 浮世絵師の墓所

          浮世絵/新版画の制作をしていると、昔の事を調べることが多くなる。 その時、まざまざと感じるのは江戸/東京は唯一無二の浮世絵の中心地で、 その歴史が土地に刻み込まれているということだ。 私達の日常行動範囲にも浮世絵/新版画で名を馳せた絵師の墓所があって、 改めて見ると感慨深かったので紹介します。 喜多川歌麿 1753年~1806年10月31日 生まれは不明 墓所は世田谷区烏山の専光寺 葛飾北斎 1760年10月31日~1849年5月10日 現墨田区生まれ。 墓所は台東区元

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