見出し画像

あるコンビニで、あるおじいちゃんと。

ある日の中央線の駅近くのコンビニ。

前日に友達とカラオケオールして、そのままコンビニのイートインコーナーでゆっくりしていた。クノールのカップスープを飲んで、たまに喋って、たまに寝て、みたいなことを繰り返していた日。

そのイートインには喫煙所があったので、一服しに席を立つ。しばらくして席に戻ってくると、友達が隣のおじいちゃんに話しかけられている。何だろう。友達も、戻ってきた自分に気がついて目で合図してくる。

「どうしたの?」と事情を聞く。
すると、そのおじいちゃんが机にあった僕のスケッチブックを指さして「これを見せてほしい」と言ってきた。どうやらおじいちゃんはそのスケッチブックが見たかったが、友達としては自分のものではないので、僕が戻るまで待ってもらっていたとのこと。


絵描きのおじいちゃん

もちろん突然のことで困惑した。そうこうしていると、今度はおじいちゃんが自分の携帯を取り出して何やら画面を見せてくる。そこにはおじいちゃん自身が描いたという絵がたくさん保存されていた。
一枚ずつ解説を交えながら見せてくれた。水彩のものからペンのものまで、描かれているものはさまざま。幾何学模様のパターンだけが配置されたグラフィックデザインっぽいもの、女性をモチーフにした抽象画なんかもあった。色使いがとてもきれいだった。

「それなら」と思い、自分のスケッチブックを手渡す。僕は「全然描いていないので」とか保険をかけながら、おじいちゃんはパラパラと一枚一枚めくっていった。
文字しか書いていないページが出てくると、「文字も絵なんだよ」とか言いながら、あるページで手が止まる。
それは友達を待っていたときに落書きした、描きかけのページだった。たしか木を描いたと思う。

そのページをじっくり見ると、「いい? 絵は最後まで描くんだよ」とおじいちゃん。
「なるほど…。」とか分かったような返事をする自分。後から思えば、その発言についてもっと深掘りしておけばよかったなと思う。


すごいおじいちゃん

満足したのか、おじいちゃんはスケッチブックを置き、そのまましばらく3人で話をした。
聞けば、おじいちゃんは国内最大手の某消費財メーカーが出す手指用石鹸のパッケージデザインをしていたそう。「○○○ってせっけん知ってる?」と得意げなおじいちゃん。こりゃ驚いた。急に背筋が伸びるゲンキンな自分に辟易とした瞬間でもあった。

いまは「昼呑み屋」をしていると語るが、いまだに絵は描き続けているまもなく80歳のおじいちゃん。すごい人だ。
と思ったら、突如「急に話しかけてごめんね」と残して去って行ってしまった。あっという間だった。

おじいさん然とした身なりで、着ている服も全体的に明度が低い、いかにもおじいさんなおじいちゃんだった。
見た目だけだと若者に話しかける暇な高齢者でしかないが、でも、履いていた靴はきちんと手入れされていた。気さくで軽妙なおじいちゃんだった。

後でお名前だけでも聞けばよかったと後悔。
おじいちゃん、あの時の絵は描き上げたよ。


おしまい

デザインの本を買おうと思います。