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萩尾望都 (山へ行く)

これに収録されている「山へ行く」は雑誌掲載時に本屋で立ち読みしていたのだが、その時の感想は、
良質の演劇を観たっていう感じだった。

「山へ行く」のあらすじは、一言で言うと、主人公が山へ行きたかったのに行けなかったという話だ。
この「山」っていうのは別に「海」でも「川」でも「湖」でもいいのだと思う。
いや、自分の部屋の中でひとり好きな音楽を聴くのでも好きな本を読むのでもいいのだと思う。
<日常生活からの脱却>が出来ればいいのだ。
ああ、そういえば、この本のサブタイトルは「シリーズ ここではないどこか」だった。
その通りなのだ。
ここではないどこかに行きたかったのだ。
それなのに、いろんな日常の出来事に煩わされて結局「山へ」行けない。

多くの人間はたまには日常の生活から脱却して、自分ひとりだけの落ち着いた空間に浸ってみたい・・・と思っているのではなかろうか?
そういう<想い>がここで表現されているように思える。

家族内の何気ない一コマ。
みんなそれぞれバラバラに好き勝手しゃべっていながらそれはそれで何となく会話が通じている状態。
普通の家族の普通の朝の光景・・・これを見事に表現するっていうのは結構難しいと思うのよね。
何気なさをさらりと描いてるけど、こういうところ、かなりスゴイです。

・・・で、ちょっと気になったのが<手袋>。
手袋を無くしてつぶやく生方。
「今日はもう・・・やめようかな・・・
山に行くの・・・
手袋もないし・・・」

手袋がなければ行けないような山ではないのです。
その証拠に次のページでは、さっき自分が思ったことを忘れたように、
「もう山へ向かう道だ・・・
あと少しだ
頂上へ着いてもちょっとしかいられないだろうけど・・・・・・」
なんて事を言ってるのだ。

次の話「宇宙船運転免許証」では<手袋>が重要な小物として使われている。

そういえば、このシリーズではないけれど「完全犯罪」でも<緑色の手袋>は非常に重要な小物だった。
ただ単に手袋を小物として使ったのかもしれないけど、何か作者の秘められた意図があるのかな~?ってフト思った訳です。

「メッセージ」で登場する少女。
まるで「ポーの一族」のメリーベルのような髪と衣装。
でもね・・・最近の絵ではどうしてもあの頃の絵の雰囲気は出ないんですよね。
まあ、それは仕方ないんですけどね。

家族に嫌われていると思っている少女が首吊り自殺をしようとしてひも?が千切れて地面に倒れてるところにやってきた男性。彼は言う。
「あなたを愛しています
あなたはすばらしいひとです・・・」
何度も何度も「あなたを愛しています」
と言う見知らぬ黒いマントの男性。
ラスト・・・少女は思う。
わたしこれから
眠れない夜はあなたのことを思い出すわ
そしてあなたのメッセージをだきしめるわ
ありがとう

生きる事に絶望した時に・・・こういうメッセージを貰えるといいんだけどね・・・。

「メッセージⅡ 貴婦人」では、同じ男性が同じような内容の事を<貴婦人>に語りかける。
その貴婦人は神を信仰していて自分もみんなに親切にしようと思っている。
「わたくしみなさまに親切にしてさしあげたいの
そう考えるとなぜか涙がこぼれますわ
たくさんの愛をさしあげたいの」

ところが、男性の右手が青い手だとわかった途端、態度を一変する。
「あなたは神の罰を受けているのではなくて?
その手は罪の証なのではなくて?」
・・・で、ラスト、黒いマントの男性を追い出してつぶやく貴婦人。
「怖かったわ」
同じページ左半分には、
男性は一人高い岩?の上で顔を手で覆ってしゃがみこんでいる光景。

こういう貴婦人のような人って多いと思うのよね。
自分は正しい。自分は優しい。自分はなんていい人なんだろう!・・・って信じている人。
でも、それは単なる自己満足でしかないのだ。
この貴婦人も、黒マントの男性に対して実に残酷なことを言い、非情にも追い出してしまったではないか。
貴婦人のセリフ「怖かったわ」・・・は、右手が普通ではない男性が怖かったというだけの意味なら単にそれだけの浅い人間。
もし、ここで貴婦人が自分の偽善に自分で気が付いてそういう自分自身が「怖い」と言ったのなら・・・実に深いんだが、果たして・・・?

「柳の木」では定点にいるものがいて、それは変化しないのに周囲が変化するという手法。
こういう手法で描かれたものは他にもあると思う。
今、すぐに思い出せるのは「宵闇通りのブン」(高橋葉介)の「パパを待つ」。
こういう手法は演劇的な感じがするから、もしかすると演劇にこういうのがあるのかもしれない。
・・・で、ここでは柳の木の生長と少年の成長、それをず~~っと見守る女性。
ラストがいいですね。余韻を感じます。


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