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DX は人事制度と組織の改革

はじめに

デジタル・トランスフォーメーション(DX)に関する話題が尽きません。一時期のバズワードかなと思っていましたが、菅政権肝いりのデジタル庁の発足や、IT関連企業が好んで使い続ける傾向もあってか、けっこう息が長いなという印象です。

そんな中、IPAからこんな調査結果が発表されました。

多くのDXの先進企業では「やたがらす人材」が中心となり、DXの方向性や技術の導入・開発推進、事業への展開をけん引していることが明らかになったという。やたがらす人材とは、経営と事業、技術の3つに精通し、リーダーシップを発揮できる人材を指す。
「彼らが経営の言葉で、経営者を説得し、事業の言葉で事業部門を巻き込み、技術の言葉で開発メンバーと実現可能性の議論することで、スムーズにDXプロジェクトを立案・推進できる」と報告書に記されている。

「やたがらす人材」という、聞き慣れない言葉が登場しました。「経営と事業、技術の3つに精通し、リーダーシップを発揮できる人材」とのことです。「やたがらす」は「八咫烏」と表記し、日本神話に登場するカラスであり、導きの神だそうです。やたがらすは3本足だそうで、上記の記事ではその3本の足に「経営」「事業」「技術」が割り当てられていますね。

そういえば、自分自身でもこんな note を書いていたことがありました。
一応これも、DXを含む、変革に必要な人材について書いたつもりです。

自分の文章を引用するのも変な気分ですが、これを書いたとき、「狂気」の人を以下のように定義していました。

・組織の中の人であり、モロに利害関係者である
・変革の必要性を圧倒的な情熱で訴える
・誰もが嫌がる火中の栗を積極的に拾い、誰も開けなかったパンドラの箱を積極的に開ける
・噴出した問題を、部下や外注に振るのではなく、超具体的なレベルで自分で解消しにかかる(例・自分で現場ヒアリングして自分で業務マニュアルのプロトを作って検証する)
・対抗勢力と積極的に対話し、最終的に全ての利害関係者のハブになる
・ラストワンマイルを大切にする(説明会の資料やアナウンス内容などにこだわる)
・死ぬほど働ける体力と気力がある
・係長・課長クラスで発言力がそれなりにある (これはオプション。だけどちょっと役職がないと立ち回り上しんどいことが多い。)

そんな奴いないだろ、と思われるかもしれませんが、成功したプロジェクトのメンバーをよく見てください。目立たないかもしれませんが、必ず上記に近い人がいます。

「必ずいます」って書いてますね。ひょっとしたら当時、そういう人を多数見かけたのかもしれません。が、すみません、撤回させてください。

…そんなやつおるかーい!!!

やたがらす人材も、狂気の人も、日本企業においては、文字通り「神」レベルのレア度合いのような気がしてきました…。なぜ最近になって私がそう思うのかと、タイトルに書いたとおり「人事制度と組織の改革」が必要な理由を、まとめていきます。

報酬の問題

まず報酬の問題です。まあ実は、言いたいことのほとんどは、AnityA の中野さんが、極めて解像度の高い言葉でこちらにまとめてくださっています。

簡単に言うと、日本企業は合意形成に至るまでのプロセスがけっこう重たいので、変革をもたらすようなリーダーシップを発揮するとけっこう大変なことになる一方で、それに見合う報酬が与えられていないってことです。割りに合わないので、リーダーシップを取るインセンティブも働かない。

割りに合わない的な話になると、よく出てくるのが「成長できる仕事なのに」「やりがいのある仕事なのに」という言葉。それは立派なやりがい搾取です。

社内にリーダーシップ人材が居ないのであれば、採用しよう、ということになりますが、転職活動している方たちも、仕事内容と報酬のバランスは厳しく見ていますので、なかなか採用できません。「なかなか応募がないなあ」と待ち続ける採用担当は、まるで救世主の到来を待つ人のようです。

組織構造の問題

組織構造的に、変革をもたらす人材が生まれにくい、もしくは居たとしても動きにくい、というケースも多々あります。このへんは、中山ところてんさんのこちらのスライドの随所で説明されています。(日本の労働法とDXの関連性を明確に言及している、貴重なコンテンツです)

組織が大きくなってくると、組織が複数の部門に分割されて、分業が進みます。分割した当初の背景を知っている人がいるうちは、お互いをカバーしながら動きますが、時間が経つにつれて、各部門のパフォーマンスのみで評価されるようになり、隣の部門の問題はもちろん、部門の間に落ちたボールは誰も拾わなくなります。

「部門の分割は問題の分割」です。DXをはじめとした、組織横断的な問題に対する変革は、分業化が進んだ状態では難易度が上がりますし、そもそも評価されません。評価されない=報酬に結びつかない仕事はモチベーションに繋がりません。にも関わらず「みんなのために」と進んでやる人は、まさに「狂気の人」です。

部門間ならまだしも、人件費圧縮のため子会社化が進んでいる大企業では、部門間の壁より更に厚い「会社間の壁」にも阻まれることになります。

失敗リスクの問題

日本の評価制度は「減点評価」であるとよく言われます。失敗しなければ合格点。リスクある挑戦をして失敗すると減点。

そもそも変革テーマにはリスクが伴います。リスクを取って挑戦しなければ、変革なんて実現できるはずがありません。減点評価だと分かっていて、敢えてリスクを取って挑戦する人が出てくるでしょうか。

この点には、前述の中野さんも、ところてんさんも触れられており、ところてんさんは失敗を許容する「Error Budget」という考え方を紹介されており、個人的には非常に腹落ちしました。(Error Budget … 失敗予算。失敗すると Budget が減らされる。逆に言うと、Budget が尽きなければ失敗しても良い。失敗を前提とし許容するだけでなく、品質を上げすぎて過剰コストになることの防止にもなる)

どうすれば良いのか

3つに分けて書きましたが、いずれも関連・重複しています。ここでタイトルに戻ります。DXに必要なのは「人事制度と組織の改革」であると考えます。

(1) 組織横断的な変革テーマを担う方に、魅力ある十分な報酬を出す
(2) 部門と部門の間に落ちた問題を拾う方や、リスクを取って挑戦する方に、正当な評価をする
(3) 組織構造の見直し(子会社の統合、クロスファンクショナルで権限ある部門の設定 など)

(3) はなかなかハードルが高いかもしれませんが、少なくとも (1) と (2) だけでも実現できれば、変革に向けリーダーシップを取る仕事が「割りに合わない」と思う人は減るのではないでしょうか。

もちろん人事制度の改革も、組合との合意含めハードルが高いのは理解できます。しかし、現状の制度をうまく活用して実現する方法はあるはずです。給与テーブルに無い報酬を出すために、特別な手当てをつける、いっそ嘱託契約にしてしまう、など。評価は、既存の目標管理のフレームワークの中で、やりようはあるはずです。

要は「なんとかしなければ」という思いが、人事制度を所管する部門にあるかどうかです。

ただ、そうやって人事部門の動きを待っていても何も変わりません。彼らは彼らで日々の給与やら労務やらで大忙し(これはこれで別の問題)なので、既存のルールの範囲で自分にできることをやっていきたいと思います。

※ 早稲田大学の入山章栄先生が、ある講演で「例えば、人事とDXの役員を兼任させるのはどうか」とおっしゃていました。「大体の場合、人事がアナログでDXのネックになるから」という文脈でのお話でしたが、昨今のように、DXに向けた人事制度改革が必要な局面でも、有効な一手かもしれませんね。