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果てに焦がれた

桜色のトンネルを暗い方へ昏い方へ、薄布一枚纏っただけの少女が進んでいきます。
少しずつ、少しずつ灯りが少なくなっていく道の突き当たり、大きな岩壁の前で少女は立ち止まりました。
道を間違えたのかもしれないと振り返ってみますが、もう見えなくなってしまった入口からここまでは一本道だったはずです。
ここがおしまいなのかしらと首を傾げながらその岩壁に真っ白な指先で触れると、その壁は大きな音を立てながらゆっくりと開き始め、中から男がひとり出てきました。
男の背後に広がる闇は深すぎて、その先があるのか、そこで終わりなのかすら、少女の立っている場所からは分かりません。
ゆったりとした衣を身に纏い、恐ろしい鬼の面で顔を隠した男は、静かに少女に問いかけます。



「何用か。」



鬼の面越しでも不思議と聴き取りやすいその声は成熟してはおらず、歳は少女よりもほんの少し上といったところでしょう。
少女は安心して微笑んで答えます。




「この先はあるの?」


「なぜ。」


「先があるなら通してほしいの。」


「なぜ。」


「この果てにいきたいから。」





少年が淡々と重ねていく問いかけにも、少女は穏やかさを失わないままです。
そんな様子の変わらない少女の本心を見透かそうとするように、真っ直ぐに少女を見据えたまま少年は続けます。





「この先に天の国はないぞ。」


「知っているわ。」


「それではおまえはこの先に何を望む。」


「ゆっくり眠りたいの。」


「この先でなくとも好きなだけ眠ればよい。」


「いいえ、この先がいいの。」


「なぜ。」


「おしまいにしたいから。」




少年は何かを言おうと口を開き、けれども、何をとも、なぜとも問わぬまま黙り込み、ほんのひととき少女を見つめたかと思うと俯いてしまいました。
俯いた拍子に柔らかそうな髪がさらりと流れていくのを少女が眺めていると、闇に吸い込まれそうなほど小さな声で少年は言います。




「われのようになってしまうぞ。」




これまでずっと無機質だった少年の声音に苦々しさと悔恨が滲んだように聞こえた気がしました。
少女はゆっくりと瞬きをして問いかけます。




「あなたもそうなの?」




少年はその問いには答えませんでした。
そして、何もなかったかのように顔を上げると最初と同じ無機質な声で、少女に向かって語りかけます。




「われはこの門の番人。
この果てにあるものはここにはないもの。
けれども、それはおしまいではない。それでもはじまりではなく、そしてまた、つづきはない。
ただ、なくなるだけ。
この先、その素足のつま先ひとつ分でも踏み込めば、二度とは戻れぬ。それは誰にも侵せぬ理。侵そうとすれば果てすら失う。」



淡々と告げられる言葉は淀みなく、まるで決められた台詞をなぞっているようです。
少女はただ静かに少年を見つめます。





「進んでもおまえの望む、おしまいというものは手に入らない。それでも行くか。」


「ええ、行くわ。」




少女は迷いなく答えます。
少年は小さく息を吐き、そしてそれまで自身の体で塞いでいた道を明け渡し、腕を伸ばして闇の先を指し示しました。




「それでは振り返らずに真っ直ぐ行くがよい。
最果てまで良い旅路を。」



少女は嬉しそうに笑い、歩き始めました。




「本当に行くのか?」




すれ違うその瞬間、少年が少女に小さく訊ねます。
声に揺らぎはなく、鬼の面に隠されて分からないはずなのに、なぜか少女には少年が泣いているように聞こえました。




「ええ、行くわ。」

 


少女は軽やかに答えます。
そして、ずっと焦がれ続けた闇の先に躊躇いなく一歩踏み入れて歩き出すと、そのまま振り返らずに言いました。




「ありがとう。」




少年は、躍るように進んでいく少女の背中を静かに見送り、せめてこの闇の果てに少女の安らぎがあるようにただ祈るだけでした。




こちらは、清世さんの企画に参加させていただくものです。


はい、ギリギリセーフもいいとこ。
でも何とか書き上がりました。
この絵が私にとっては一番難しくて、詩にしようと書き始めたはずだったのに気が付けば物語になっていました。
私ったらどこで方向転換したのかしら。