これは君の為の
ちーと出会って、体感2週間程度。
『ひひおら(苺だ…)…』
舌はすっかり、ちーとお揃いになっていた。
『瞳の色まで私と同じになったんだね』
『んー!』
千冬がどんどん私になっていく、と目を細めたちーが私の長い髪先を弄る。それから、問いかけが飛んでくる。
『千冬、死ぬのは怖くないの』
『ん…えと、自分の体が自分のじゃなくなっちゃうのはドキドキするけどさ、でも』
『その後、ちーが私の身体を使って、私の分まで好き放題暴れ回ってくれるならめちゃめちゃうれしいし…』
『外の世界でちーが生きてるの、うれしい』
ちーが僅かに目を見開いてから、伏し目に戻る。次いで、キーボードのカタカタ音。
『千冬の身体でやったら尊厳破壊になりそうなこと、検索と…』
『すぐ!!!すぐそうやって照れ隠しする!!!!天下のGoogle先生だって私のことは流石に知らないよ!!』
この身体だ、疲れるわけないけど叫んでからふぅ、と息をつく。
残された時間は少ない。でも、もう急ぐ気は起きなかった。この短いしあわせな時間をできる限りめん棒で引き伸ばして、型抜きしてたくさん形にするのだ、私達は。
…あれ。そういえば。
『ちーはいつ身体が欲しいとかはあるの』
『そうだね、具体的に言うなら―』
君の手指がまだ使える時がいい。
そう言われて、自分の身体のケーキに変わってしまった部分―胸の上あたりまで手をかざす。
胸の上には肩、肩に繫がるのは、腕。腕に繋がる、手指…。
『…本当にもうすぐで手も動かなくなっちゃうじゃん!!急がなきゃ!!!』
前言撤回、急いでどうにかしたほうが良さそう。
『君の死に際にやりたかったんだけど。仕方ないか』
『死に際とか頭しか動かせないよ、ちー』
ちーが何やら残念そうなのを横目に、お互いの身体を向き合わせる。
指の間に指が入り込んできて、絡まるように手を握られる。
握り返せる?と訊かれて、優しい力で握り返す。
これがないとダメだったんだ。成程。
そういうわけでもないけど、と小さな声で言われたのには過剰反応しないでおく。
『後は呪文での契約なんだけど……君の創作にはモットーがあっただろ、私はアレが良いと思っていてね』
呪文での契約。ちーが出ていたケーキ化創作内にも組み込まれていた儀式だ。割とみんなカタカナの創作呪文とかではなく合言葉みたいなものを考えてやっていて、いいなと思っていた。
創作のモットー…あれかな。
『私の創作でお前ら全員刺し殺す、かな』
『今のそれもまあまあ好きだよ、でも私が好きなのは』
『これは君の為の創作なんだ、そう、他でもないお前を殺すための!…ってやつ』
本当に最初期の、中学生なりたての時期のやつが出てきてびっくりした。原点回帰だ。
『なるべく画面の向こうの私達を観測してくれる人間どもに殺意を向けて言おうよ、そっちの方が私頑張れそうだ』
『ちーのモチベを保つためだ〜!言おうね』
少しの沈黙の後、ちーから真剣な顔で目を合わせられる。
『これは君の為の創作なんだ、そう、他でもないお前を殺すための。』
繰り返して、と手で合図される。
すう、と肺も残ってるか分からない身体で息をいっぱい吸って、応える。
『これは君の為の創作なんだ、そう、他でもないお前を殺すための―!』
︙
意識だけがぼんやり漂っているような感覚。
そうだ、私は遂にあの子の、母の身体の中に入るのか。
目の先に、これはなんだ。走馬灯か。
その走馬灯に映るのは全部千冬だけだった。
『ちふゆ!いちごみやちふゆ!』
これは本当に小学4年生くらいの千冬か。
そういえば最初はそうだったね。君はしばらく私のこと、いちごみやって呼んでたっけ。
『チフユ、マホイップ似合いそう!切り札で使っててほしいよ』
前に友達との通話で逆輸入したやつな。…これは中学生くらいの千冬だ。この頃は学校にも行っていて毎日楽しそうにしていた。でも、私のことは毎日のように書いていた。
『ちー、本当に性格悪くて』
私のこと、世間話みたいなノリで話すね。
『でも』
『ちーのこといちばん大事なのは私だから』
本当に、君はいつだってそうだ。最高に趣味が良いよ。そう思いながら目を閉じた。
『…体が動く。』
身体の主導権がついに苺宮チフユ―私に移ったのだろう。頭を振ってみる。身体を軽く捻ってみる。それらは問題なく出来る。問題があったのは…
『手が祈りのポーズのまま組まれている…?』
身体が一部私のものとは違う動き方をしている。そのことを指摘すると。
『…わあ。弁解するみたいに顔前で手を振り始めた。君、千冬だな。今は全部口に出したほうが伝わるみたいだからそうするよ。』
身体の中にちゃんと動く部分がある=そこにはまだ意識が残るらしい。でも、それなら。
『君の意識はちゃんと動いていた頭にも残っていなくちゃおかしいだろ』
手がビクッと動きを止めて、そろりそろりと動いたあと指先同士をつんつんと合わせる動きをする。
『いやぁ、でもさ…とか言いそうな動き。…私は一人くらい、君みたいな賑やかなのがいても気にしないよ。』
今度は自分を指差す動き。手を翼の形にして上に持ち上げる。先程まで手のいたところをすっと拭うような動き。
『立つ鳥跡を濁さず?私のことなんか放っておいて?…生意気なこと言うなよ』
『ずっと一緒にいるんだろ、千冬!』
意識を腕に集中させる。それを頭まで送り込むような、そんなイメージで。
わー!!!と騒がしく叫ぶ千冬の声が僅かに聞こえた、そんな気がした。
およそ現実の世界では味わったことがないが、千冬が書いていた『目眩』のような感覚なのだろう、これは。うまく焦点が定まらない。頭がぼんやりする。
『ゔ…千冬、千冬、いるのか』
いるよー!と言ってくれ。頭の中で声を脳内再生させながら、それが形を持つことを祈る。
その、数秒後。
『いや、なんで!??!』
すぽん、とパーツが入れ替わるような感覚。でも、自然と追い出された感じはない。同じ部位のまま、同じものを味わっている。
『えっ、えっえっ、勝手に涙が、えっ!?』
千冬、千冬、千冬。
『ちーはなんか言ってよ!!!!!』
苺宮チフユの、母と一緒に外に出てみたいという願いはようやく叶えられた。
創作内でも泣かなかった彼女は初めて、涙を流して喜んだのだった。
︙
『アリス。次はどこを的にされたい?潤んだ瞳は最後に残しておきたいんだけれど』
これはちーの夢台本書いてた時の記憶だ。うわーっ抹消したい!!なんでこんなものが!いや、本当にぶわーって流れてくるけど…これは走馬灯かなぁ。
『それが千冬のお人形さん?かわいいね。』
これはお父さんと話してたときのやつ。ぬいぐるみオーダーの品物が、ちーぬいが届いてかわい〜!って見てたら後ろにいつの間にかいてあわあわして。ちーについてこの子頭怪我してるけど大丈夫なの、とか聞かれて苦笑いしたっけ。
…お父さんとお母さんは私の創作のファンではなかったけど私の創作を否定せず、見守ってくれてたな。
『何でもない日のお祝いに、ケーキを買ってきたんだよ』
そう、ケーキ。ちーの元になった、ケーキ。何でもない日のお祝いってなにって聞いたら不思議の国のアリスの本を渡してもらってね。それで初めての創作がアリスモチーフだったんだよ!ケーキまで登場人物?にする人は珍しかったみたいだけど。
『千冬はどんな風になっても私達の娘だよ』
『だからゆっくり休んで欲しい、ゆっくりね』
おとうさん、おかあさん、ごめんなさい。私、わるものになっちゃうんだ。人目につくところに出ていって、娘と一緒に世界を少しずつ滅ぼすわるものに。
あいしてくれたのに、返せなくて、ごめんね―
これから、どうしよう。どんな媒体で外に出れば私達は人目に付くんだろう。
いや、答えはほぼ出ているのだけど―
苺宮チフユを『Vtuber』として世間に出せば、爆発的に見られることになればEATMEが広がり続けて肉塊どもが冷え固まったケーキになる未来もあるのだと、わかっているが。
『二重人格芸は流石によくないかなぁ…』
『懐古主義のアリスはまあ集められるんじゃない、運営した時についてきた声と構われ目当てのアリスは切り捨てることにしよう』
『思想が強いよちー!!』
宣伝の時の決まり文句を考えたり、タグをつけるか否かで悩んだり。すこし場違いかもしれないけど―
『YouTubeの開設とかって、いっしょに住む家を決めてるみたいだね』
『…ノーコメントで』
画面の中の彼女たちがこちらに牙を剥くまで、あともう少し。
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