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『おかみさん』 宮本浩次 五周年記念 birthday concert GO

 6月12日は今年も無事に宮本浩次のバースデーコンサートに行くことが出来た。感想はたくさんあるけれど、コンサートの感想の前に先ずはやっぱり『おかみさん』について書きたい。

 率直に『宮本浩次はコレだよ!』と思う。混沌とした何かをすくい上げ、曲を通して惜しげもなく晒してくれるところが堪らなくて、この狂気に歓喜してしまう。しかも、コンサートは音源と違って生々しさと凄みが倍増で、音と声、照明があいまって不思議なグルーヴを醸しだし一気に曲の世界に引きずり込まれ同期してしまう。自分としては、こうした曲に身投げするような感覚が喜び!この世界感は宮本浩次しか作れないよな…と思う。痺れるほどカッコイイ!

 また、ファンの間で『どうして、今回のソロコンサートでエレカシのこの曲を選んだのか?』との疑問の声が多いなか、私は今だからこそ『おかみさん』だよね、と思った。嗅覚のイイ宮本浩次は繊細に世間の空気を感じていると思う。曲中の不気味な近未来の世界は、今の微細な不気味さを持っている社会に重なるところがある。そして、そこで正気で生きている『おかみさん』こそ目指すべきところだと思っていて、そんなメッセージもあるのでは?とひとり妄想を広げている(笑)。

 2100年の東京は、温暖化、人口減少、管理社会も完成している。そこに生きる、おかみさんとおやじさん。私にはこの二人が象徴に見える。おかみさんは社会の枠から外れた個人で、おやじさんは社会に囲われた個人。おかみさんは、どんな時代も平然と人としての営みをおくっている。そして、おやじさんは、囲われた社会の中で相も変わらず役割りを果たすために日々頑張っている。鼻歌まりじに布団を取り込むおかみさんと対称に、そんなおやじさんは月を見て涙を流している。だから、歌詞の『おやじさん あんた 辛抱強えーな!進歩しねーな!』という声が胸に刺さる。(そして、音源ではここの声の質感が好きっ!)社会に暮らす誰もが、おやじさんであっておかみさんなのだと思う。それを壮大に歌っているのが最高にロック!おかみさんが布団を南向きに干すところに逞しさを感じる。亜熱帯となった東京で、熱帯夜の夜空に浮かぶ不気味に大きな月を見て涙するおやじさんを想像して私も泣けてくる。そして、面白いところが、いつもは男と女が曲に登場する時、太陽に顔を向けているはずの男が月に顔を向けている。そして、逆に女が太陽に向かっている。ここにも不思議な揺らぎを感じる。

 現代社会へのアンチテーゼにも聞こえる『おかみさん』。宮本浩次は政治や社会情勢について自らコメントすることは無いけれど、とても丁寧に世の中を見ていて、それを曲で表現する。そこがロックで好きなところ。私のエゴだけれどロック歌手はメディアで多くを語らない方がイイ。ロック歌手のご意見番とか、私にしたら興覚め…。

 今の時代だからこそ『おかみさん』が必要で『ガストロンジャー』、『デーデ』、『奴隷天国』が概念ではなく実感として胸に入ってくる。『平成理想主義』も平成の世にどっぷり浸かっていた頃はいまひとつ理解できなかったけれど、令和に入って聴くとゾッとするくらいに理解出来る。ホント、平成は寝たふりしていた時代だったなぁ…と思う。

 金曜日の朝に夫が『疲れがとれない…』と元気なくポツリと言ったのを聞き逃さなかった私は、奮発してキムチ専門店で、きゅうりやクリームチーズ、にんにくの芽など数種類のキムチと、金、土、日曜日だけ販売している煮込みを買って帰った。それから、パパッと圧力鍋で鶏の手羽元を酢、醤油、酒、砂糖、にんにく、生姜で煮込み、チョレギサラダも作り、夫の好きなメニューを揃えて夜の食卓に出した。少し背中が丸くなったように見える夫が、嬉しそうに箸やスプーンを口に運んでいた。その様子を黙って眺めながら『まあ、大丈夫でしょう。』と思う。

 こんな『いいから、ガンガン飯食って寝ろっ!』というおかみさんの姿は最高にロックだと自負している。


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