見出し画像

自分がありすぎる、という話。

お休み72日目。通院日。

受付が混んでいて、ちょっと遅れてしまったのだけど、「いつもの時間に居ないから心配しちゃった。何かあった?大丈夫だった?」と話し始めるカウンセラーさん。
プ、プロだ……知っていたけど、やはりこの人は他人を思い遣るプロである……。
その心地いい距離感の優しさに脱帽した。(そもそも、そういった類の話を聞くことを仕事にしている人っていうのも大きいけれど、)だから何でも話せちゃうんだよな。いやあ、上手い。

その点、私は、他人を思い遣るのはどちらかというと得意な方だけど、ど素人である。

突然だけど。私は、周りのひとが嬉しそうだと嬉しいし、周りのひとが悲しそうだと悲しくなっちゃう人。周りの人がイライラしている(ような気がすると)、何か気に障ることしちゃったのだろうか、私が怒らせてるんじゃないだろうか、と、勝手にその原因が自分にあるような気がしちゃう人。
カウンセラーさん曰く、他人の機微に繊細に反応できる「優しい人」なんだそうだ。

ずっとそんな私を「自分がない」と感じていたんだけど、もしかして、むしろ自分がありすぎるんじゃない?自分、居すぎない??他人との距離感が近いくせに遠くて、遠いくせに近くて、なんだか難しくない???え、もしかして私、年中、優しさと思い遣りの大安売りしちゃってた????

自分を責めすぎていた話をカウンセラーさんに話しながら、いつもよりもちょっと遠くから私を客観的に見てみると、あまりに私が不器用に一生懸命生きている姿がありありと見えてきて、なんだか面白くなってきた。私は、カウンセリング中も診察中も、よく笑っていると思う。

優しさ上等、思い遣り上等!!なんてったって、優しさはよく褒められる!!こんな他人に好かれそうな才を手放すのは、勿体なさすぎる。だから、これからも私の長所としておけるように、もうちょっとだけ距離感を意識してみる。

私は私、君は君。ここからこっちは私、そっちは君。ちゃんと線を引いて、自分を大事にしてあげるんだ。

というわけで。
前回の通院日から今日までの間にできるようになったこと、気付いたこと、調子いい日が多いこともしっかり伝えた上で、まだもう少しゆっくり時間を掛けて、自分の気付きに向き合って消化していった方がいいかも、と、早ければ来週にでも始めようと思っていた復職トレーニングは一旦延期することにした。

「復職トレーニングってもうそろそろ……」と口を開いた矢先に、カウンセラーさんにも先生にも「お嬢さん、まだちょいと早いっす」とツッコまれたの、テンポがよすぎて思わず笑ってしまった。診察室を愉快にしてしまった。

ああ、やっぱり笑い声が気持ちいいな。笑顔の中心でいたい。太陽みたいな人でいられたらな。