【架空美容室】開店前

【架空美容室】
コーチのいるヘアサロンへようこそ

ここはあなたの頭の中の美容室

架空美容室では
さまざまなお客様や身近な人との時間を
コーチとして
美容師として
ひとりの人間として過ごす店主がおります。

さぁ
今日は朝からバタバタしていますが
よろしければ少し立ち止まっていきませんか？

ー見え方を変えるー

「おはよー！
　今日曇ってるねぇ
　やっと涼しくなっていいわぁ」

薄暗い空を見上げながら
誰にともなく話す

手持ち無沙汰の私は
スマホの天気予報アプリをタップした

こういう時
一番に覗き込んでくるのはEくんで

少し距離をとって
聞き耳をたてているのはＦちゃんである

「そろそろ時間？」と聞いてきたのは
班長のGくんだ

我が家の息子は
いつものように道端で石ころを探していたが
ちぇっとでも言いたげに立ち上がった

あまり気にいったのがなかったようだ

集団登校がある日
角のポストのところに7:45集合
全員で5人だが
今日はまだ4人

みんななんとなく元気がない

季節の変わり目は夏の疲れも出るし
大人もだってだるい
きっとこどもも同じだよね

もう一人「Iちゃん」は
結局時間になっても来なかった

「よし、みんないこか」

ノロノロと動き出す背中に
いつもより大きめに明るい声を投げた

「雨、持ちこたえてよかったねー！いってらっしゃーい」

どんよりした空に
長い坂道

少しばかり憂鬱な足取りも
下り坂がアシストしてくれていた

次第に
カラフルなランドセルたちは
スーパーボールのようにぽんぽんと弾みながら小さくなっていった

やれやれ

昨日は食べすぎたし
少し歩くかなぁ

くるりと向きを変えると

Iちゃんが向こうからトボトボと歩いてくるのが見えた

「おうどうした？
　みんな今行ったよ
　今なら走れば間に合うよ！」

返事はない

「ゆっくり行く？」

こくんとうなずく

「よし、

　あーそういえば、学校んとこのパン屋さん
　そういえば今日
　レーズン食パン売る日だわ」

そうだそうだ
と
大きめの独り言は
受取手もなく風に消えた

不自然に踵を返して
Iちゃんの横を歩いた

「今日涼しいねぇ
　雨じゃなくてほんとよかったよ
　雨だと大変じゃない？
　特にこんな降るか降らないかの天気は困るね
　ほら
　これも持っていかなきゃだしさ

そう言って傘に合図を送った

ほっそりと長い指は
ピクっとして
その薄いピンクの持ち手をきゅっと握った

「　雨 、降るかな、、」

かすかに聞こえた声だった

「うーん、どうだろうねぇ

　どうして？」

重力に任せてると
足は勝手に前に前に押し出される

同じ歩幅で坂道をくだっていく

しばらくすると

「雨だと、、車に乗れるから、、」

湿った潮風は
消え入りそうな声を
さらにかき消すように二人の間を抜けていっ

「車、かあ」


「そっかぁ
　車乗って、あれか？習い事だっけ？」

うなずく

私は昔話した記憶を辿る


「習い事、大変？」

「いや、別に、、」


「ふーん
　たしかに車で行けたらいいよねぇ」

「...うん

　その時は
　ママが連れてってくれるし
　帰りも
　そのまま家まで送ってくれたりする、、」



「そっか
　ママ
　Iちゃんの習い事に連れてってくれるんだね」


「、、うん
　いつもおばあちゃんだと車ないから、
　自転車だし、、　

　でも、、
　雨が降ったら危ないって
　車じゃないとって、、」

「へぇそうなんだねぇ

　えーと
　ちょっと待ってよ
　今日の天気、どうなってるかなぁ」

ついさっき見た天気予報アプリを開く

雲のイラストは行儀良く並んでいる

「うーん、そうだなぁ
明日だったら雨っぽいんだけどなぁ」

「明日だと 意味ない
　明日だったらママはこない、、」

今度は風に逆らうように
その声はしっかりと私の耳に届けられた

校門はもう目の前

「じゃあ」という風に
チラリと私を見て
真っ青なランドセルは駆けていった

パンの焼ける甘い香りは
目を閉じていてもその場にたどり着けるほど
その一角を誘惑している


「じゃねー！いってらっしゃーい」

この声は少しでも届いたのだろうか


＊


レーズンパンの袋は
案外ずっしりと重い

今日もお客様はたった一人

下ってきた道をまたのぼる

大股で闊歩すると
このお尻についた忌々しい存在がありありとわかった

そうだ
ダイエットしようとおもってたのに
くそー
レーズンパン買ってちゃ意味ないやん


よし
少し遠回りするか


＊

坂道を登るきると
風は自由に
あちらこちらを行き来している

このグレーの分厚い雲も

がっかりしちゃう雨の日も

その上には
いつだって青空が広がっているんだよな

 
 
そうかぁ

雨、、
 
降るといいなぁ