【感想】『シラノ・ド・ベルジュラック』(ナショナル・シアター・ライブ)

 この舞台では、詩をテンポのよいラップで表現している。特にシラノのセリフが、きれいに韻を踏んでいて、見事だということが、全部を聞き取れない私でもよくわかった。その心地よさといったらなかった。

 イギリスの傑作演劇を映画仕立てで観られるNTLive(ナショナル・シアター・ライブ)は、毎回とても楽しみにしている。
『シラノ・ド・ベルジュラック』は「鼻にコンプレックスのある騎士の悲恋物語」という程度しか知らなかったので、シラノがこんなにバリバリに文武両道だったのにびっくりした。
 シラノは軍人で、剣はめっぽう強くて、辛く苦しい戦場にいてもひるまず勇敢で、詩を書かせれば冴えわたり、でも鼻がとても長い。従妹のロクサーヌを愛していて、彼女の名誉を守るために全力で闘う。けれども鼻がそんなだからずっと告白できない。
 そんな折、シラノはロクサーヌから頼み事をされる。ロクサーヌは、シラノと同じ隊に入隊してきた美しい若者クリスチャンに一目ぼれしたという。仲を取り持って欲しい、彼が軍隊で危ない目に合わないように守って欲しい、シラノに頼み込む。
 クリスチャンは確かに顔は美しいがロクサーヌ好みの知性が足りない。そこでシラノはクリスチャンに変わって、ロクサーヌへの恋文を書き始める…。

 「恋は盲目」と言うけれど、ロクサーヌよ、なぜあなたは恋文を書いたのがクリスチャンではないと気がつかなかったのだろう? あなたは「知性ある女性」だったはずでしょう? 
 「美しい女」と崇められて/モノ扱いされて、対等な人間として扱われていなかったから? 人の真心に触れたことが無かったから?
 シラノもまた、彼女を対等に扱わなかった男たちの一人といえる。
 実際、シラノの手紙に酔うロクサーヌに満足気なシラノの態度は、鼻コンプレックスが原因とはいえど、ロクサーヌの気持ちを表面的にしか考えていないし、自分の才におぼれている。
 そうすると「美しい外見だけ」でロクサーヌに気に入られたクリスチャンは、シラノの恋文を使ってでも、ロクサーヌに近づこうとした分だけ、シラノよりも本気と言えるのではないか。
 だからこそ、クリスチャンが真実に気がついた時、ロクサーヌが愛したのは手紙の主であって自分ではない、と理解した時の悲しみの深さが切ない。

 こんな悲しい三角関係では膠着するものだけれど、うまいこと悪役の伯爵がちょっかいをだすので話が回ってゆく。
 女をモノとしか思っていない態度が見え見えの伯爵の口説き文句は、聴いてるこちらが恥ずかしくなるようなヘタクソなラップで、とても可笑しい。それでいて絶体絶命の戦場でロクサーヌと再会して改心する場面はすがすがしかった。

 最後の方で「モリエール」という劇作家の名が出てきてアレっと思った。モリエールは散文で、シラノは韻文なのだと言っていた。原作とその解説によると、どうやらモリエールがシラノの戯曲の一部を、自作『スカパンの悪だくみ』に盗用?した経緯があるらしい。実在のシラノはモリエールと同時代の人だったようだ。
 Wikiによると、二人の生きた年代は、こんなに近い。
 ・シラノ・ド・ベルジュラック
  1619年3月6日 - 1655年7月28日(享年36歳)
 ・モリエール     
  1622年1月15日 - 1673年2月17日(享年51歳)

 あと一週間ほど、日本橋と池袋の映画館で上演するようですので、また行って、シラノが韻を踏んでいるかっこいいセリフ回しを、しっかり聴いてみたい。
 https://www.ntlive.jp/cyrano
 


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