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梓弓

最近、朝の散歩に行く段になって気付くのだが、前日に外出から帰って、玄関の鍵を閉め忘れていることが多くなってきた。(本人は閉めているつもり) 
まぁ年寄りの一人暮らし、別に盗られる物もないし、見られて困るものもないし、何かあった時 (緊急時) には鍵は開いてた方が何かと都合がいいだろうと自分に言い訳してみる。
出掛ける時はしっかり施錠していることを確認しているのになぁ。


先日、朝の散歩のついでにお出掛けして夜になってから帰宅した時のこと、玄関ドアはしっかり施錠されていたし、どの窓も施錠されていたのに、僕のベッドで女性が寝ていた。多分僕の半分くらいの年齢のお若い方だ。しかも全身を薄物で覆い、まるで天女が休息しているように見える。

ぐっすり眠っているようなので起こすのもどうかと思いながら、どこから入ったのだろうと不思議がっていると彼女が目を覚ました。

「おはよう修」

僕は全然知らない人なのになぜ僕の名を知ってる?
表札も名前までは書いてないぞ。
いや、引っ掛かるのはそこじゃない。

「どちら様でしょうか?」
「なんだ覚えてないのか。それなら名乗ろうか、我が名は梓。今日からお前の伴侶となるのだが、お前が出掛けてしまったから待ちくたびれて眠ってしまったわい。さぁ契りを交わそうぞ」

梓? 伴侶? 今夜? 契り?

「伴侶と仰いましたか?」
「そうだが、不服そうだな」

不服というより不安とか不審の方が正解だと思うのだが。

「梓さん、失礼だがどこからこの部屋に入りましたか?」
「私はずっと家の中にいたぞ」
「僕が出掛ける前から?」
「そうだ」
「どちらに?」
「あの壁に」

壁? どういうことだ?

「あそこに爺さまから貰った弓が飾ってあっただろ」

そうだ弓。ない?

「あの弓はな、爺さまが小さい頃にその親父様から貰ったもので、かれこれ百年以上は経つ代物じゃ」
「それがどうされました?」
「お前は察しが悪いなぁ。だからあの弓が私なのだ」
「梓さんではなく由美さん?」
「私が梓弓だ」
「梓由美? ああ、梓弓!?」
「百年ほどの時を経て、ようやく人間に変化へんげするすべが得られたということじゃ」
「人間ではないんですね?」
「じゃがまぐわえば子も成せるぞ。どうじゃ子作りに励むか? それとも二人きりでしっぽり濡れるか? 今日から伴侶だからな」
「伴侶といわれましても・・・ それに子作りといわれてももう種が尽きているのではないかと」
「なんと、それは由々しき事態」

人間でないあなたの方がよほど由々しき事態だと思うのですが。

「なあに大丈夫じゃ、濃くなくて良い、薄~いので良いから。活きなど良くなくてよいぞ、ヒョロヒョロっとした弱っちいので良いからな。それから量も少なくていいぞ、一滴で良い。一滴でも多いな、何億匹も必要ないぞ、一匹で良いからな。それくらいなら何とかなろう。それでも無理なら私が搾り取ってやるから安心しろ。な、修」
「なぜそれほどまでに子種に拘るのです」
「私はお前が生まれてからずっとお前のことを見てきた。そしてずっと一緒にいたいと思うようになった。もっと早くに会えればよかったのだが、人間になれないのがずいぶんもどかしかった。そしていつしかそれは伴侶になりたいに変わり、それに子を成したいが加わった。それだけのことだ」
「ずいぶん簡単に仰る」
「修の年齢を考えるとギリギリのタイミングで人間に変化へんげすることができて良かったと思っておる。それに惚れた腫れたに理屈はいらんじゃろ」
「僕のことが好きだと?」
「好きと言う言葉では言い尽くせん。子まで成そうというのじゃぞ、一言で言うならお前に惚れているの方がより私の感情に近いと思うぞ」
「でもあなたは・・・・・・付喪神つくもがみですよね」
「さっきも言ったが子まで成せるのだから人間と同じじゃ。それともこの容姿が不満か?」
「そこに不満はありません」

半分くらいの年齢の女性だと思っていたらこっちが半分程度の年齢じゃないか。

「伴侶じゃ子づくりじゃといきなりでは驚くのは無理もない。今夜は添い寝だけにしような、修」

いや、添い寝もどうかな。

「風呂はどうする、一緒に入るか?」

困った人だ。いや、人ではないのか……。


※付喪神 (つくもがみ) 、九十九神とも表され、百年に一年足りないほどの
 長い年月を経た道具などに精霊が宿ったものをいう。
 一般的には人を誑かすとされる。


一部不適切な言葉があるかもしれませんが、物語の中の言葉としてご寛恕ください。


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