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アメリカの個人出版社ファイル 5:Matarile Ediciones

今回、個人出版社シリーズ第5弾として取り上げるのは、筆者とともにダシュウッド・ブックスで働くマルタ・ナランホ・サンバドルが率いるMatarile Edicionesです。本出版社については、マリオン・エレナ 『Sedimenta Feelings』誌の紹介で、以前イマ・マガジン・オンラインに説明をさせていただいたのですが、近年、写真教育を受けるために外国で学び、そのまま異国で写真家としてのキャリアを築く若い写真家が増えている現状を踏まえ、母国を離れて異郷の地で活躍する作家に特化した作品を紹介することを目指しています。メキシコ出身、ニューヨーク在住のサンバトルは写真と映像を手掛けるアーティストであり出版物の全ての編集、制作監修を取り仕切ります。

サンバトルは「海外で活躍する作家に意識や記憶のあり方がユニークであり、作品制作において、自身のアイデンティティへの視線、また物事のとらえ方が特に複雑である」と考えているように、最新作ミュリエル・ハスバン(Muriel Hasbun:エルサルバドル出身、アメリカ、ワシントンDCで活躍する)の『Pax Tecum Filomena: Una Canción Para Ti』(Peace With You Filomena: One Song For You)も、ラテンアメリカの人民運動を背景に、複数のレイアード(歴史、宗教、政治、文化、家族)に包まれた一筋縄では語り尽くすことができない物語です。タイトルのFilomenaは殉教の少女、「聖フィロメナ」を示し、それだけを聞くと作者がキリスト教の信者で、聖フィロメナにささぐ讃歌かと(非常に単純に)思いきや、エルサルバドル内戦(Oct 15, 1979 – Jan 16, 1992)の際にアルゼンチンの人民革命軍に入隊し、国軍の手により惨死した親類のジャネット・サモアー・ハスバン(Janet Samour Hasbun)へ捧げる作品となっています。作家が10歳の頃に交流した叔母ジャネットへの思い出と、家族写真、また、自身の風景や静物の抽象作品を組み合わせた本作は、セピア色と墨色で印刷され、不吉、恐怖、不安など不穏な気持ちを湧き立たせる作品に仕上がっています。

しかし、女優さんかと思うほど美しいジャネットさんが、血生臭い政治運動のため銃をもち、アルゼンチンの為に戦い、最終的に国軍に殺害されてしまったことが今の時代にも語り継がれることは貴重なことであり、本出版社の今後の更なる活躍に期待したい思いが募ります。

ちなみにミュリエル・ハスバンさんの個展『Tracing Terruño』が先週1月8日までニューヨークの写真美術館、International Center of Photographyで開かれ、本作の出版と合わせ話題となっています。

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