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推しの声(と出来ればアレンジ)で聴いてみたい曲たち # 12 ~音楽家の光と影に、思いをはせて~

「自分が聴いている曲が、推し(=光吉さん)の声に脳内変換されて再生」され、特に推しに合いそうな曲に関しては尊さが増して止まらなくなってしまう奇病「この曲、推しの声で聴いてみたい病」
奇病によって思いついた妄想ネタを定期的に供養アウトプットする新シリーズ『推しの声(と出来ればアレンジ)で聴いてみたい曲たち』

今回は久々にミュージカルネタです。最近、推しを、「推し自身が持つ(持っているであろう)光と影」という面から味わうようになりまして、その過程で「そういえば、音楽家の光と影を扱った作品があった」と思い出したので。

音楽家の光と影。ミュージカル『モーツァルト!』

今回取り上げるのはウィーン発のミュージカル『モーツァルト!』。タイトルの通り、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの生涯を扱った作品。日本語版も定期的に再演されているほどの人気作品です。概要や上演記録はとりあえず↓のwikiと、2021年上演時の日本語版公式サイト参照で。
(ご覧になられる時期によっては公式サイトが削除されている可能性があります。ご容赦を)

この作品の特色は、「ひとりの人間」としてのモーツァルト「ヴォルフガング」(青年のモーツァルトの姿)と、「奇跡の子」(または「神童」。それゆえ少年期のモーツァルトの姿)としてのモーツァルト「アマデ」の、「ふたりのモーツァルト」が同じ舞台上に存在する、ということ。ヴォルフガングが自由な活動をしたいと現実でもがいているときも、アマデは黙々と作曲する。前半のふたりの関係は良好で、色々ありながらも望んでいた自由な活動の機会と名声を手に入れるのですが、後半は…おっとこれ以上は盛大なネタバレになるのでやめておこう。


①僕こそ音楽(原題:Ich bin Musik)

ザ・希望。むっちゃ光。

タイトルからして音楽家としての「光」の側面。作中序盤の状況的にも、色々あるもののまだ未来に希望を抱いているどころか自身に満ち溢れている感が伝わってくる。サビの歌詞なんて音楽家としての理想の姿。
本性(個人的解釈:超光属性)な推しにぴったり。これを堂々と歌い上げられたら説得力抜群。あなたこそ音楽。

なお、曲の歌詞では「詩は書けない」となっていますが、推しの楽曲には本人作詞曲も存在(『デイトナUSA』の『Sky High』等)します。
※有識者からツッコミ入りそうなので念のため。

②影から逃れて(原題:Wie wird man seinen Schatten los?)


自由な活動の機会と名声を得た半面、彼の人生に迫りくる「影」。

タイトルに「影」の単語が入っている通り、これが音楽家としての「影」の部分を描いている曲。現実の自分と音楽家としての自分の間の葛藤。さらには名声を得たことによる大切な人たちとの決別(道を違える等、そのシチュエーションは様々)。劇中ではこれが1幕のラストナンバーというところで、今後の行方を暗示させています。(ああ、ネタバレになってまう)
推しの歌う葛藤という名の影の部分、その迫りくる影を払おうとする姿、これもまた胸に迫るものがありそう。①との対比としても興味深く聴けると思います。

今回はウィーン版の公式動画のリンクを貼りましたが、日本語版訳詞の内容が言葉選び含めて秀逸なので、余力のある方は是非探してみてください。(日本語版公式で動画が上がっていない)


拙い語彙と表現ですが、少しでもコンテンツの良さが伝われば幸い。スキはモチベに、サポートは推し活とネタ収集、合唱などの活動に充てます。よろしくお願いいたします。