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歩き、見、聴き、食べ、感じ、考える

丁寧に包まれた笹の葉を広げると、濃厚な海苔の香りが鼻をくすぐる。
細かく刻んだ紫蘇の葉をご飯にあえて、薄く塩をまぶした大き目のおにぎりが二つ、ゴロンと不器用な形をしている。
不器用な男の手で握ったのだと主張しているような佇まいがまた、何とも言えない食欲をそそる。
付け合わせの浅漬けのキュウリが良い緑色をしている。
参加者の方が、ランチのためにおにぎりを握って来てくれていたのだった。

約半年ぶりに、三浦半島を歩いた。
京急三崎口駅から三浦半島の西側を回る。森を迂回し、油壷を抜けて、道の右手にはヨットが並んだ入り江が開けている。
三浦半島西側の道は、中央の幹線道路に比べれば車通りがはるかに少ない。森と海に囲まれ、静かで歩きやすい。
港沿いの道から海を見下ろすと、名前の知らない魚の稚魚が群れになって泳いでいた。
時折海面すれすれをピシャピシャ跳ねて、涼しそうな音を出す。
その音が、ジリジリと焼けていく肌に不思議と心地良い。

昨日まで降り続いていた長い雨が止んだ。
7月の半ばになって、ようやく梅雨が明けた。
遠く房総半島の空には、うず高い入道雲が見える。
でも、いまここの真上の空は、雲ひとつない快晴。
夏の日差しが照り付ける道をひたすら歩いていると、これでもかと汗が流れ落ちてくる。
ペットボトルの水を飲み、水だけでは足りずにポカリスエットも飲んで、それでもまだまだ足りないくらい。
最終的に4時間の歩行で2リットルの水分を飲み干した。

北原白秋の碑が鎮座する静かな海岸で、二人でおにぎりを食べた。

ここ二ヶ月くらい、僕は心に重い何かを悶々と抱えていて、すっきりしない日々を送っていた。
夜眠れなくなり、朝起きることが出来なくなった。
その分夜にビールを飲むことが増えて、気づいたら体重が3キロ増えていた。
どんなことをしても70キロを超えることはない身体だと思っていたのに、最近は時々体重計が70を回っていくことが多くなっていた。
(しかし、これは過信に過ぎない。20代の頃は60キロを超えない身体だと信じていたのだから)
そんな時はいったん体重計をおりて、針がキチンと0に合っているか確かめるのだけれども、むしろマイナス1キロを指していたりもした。

そうした僕の日々の重みを、この日は隠すことなく率直に語った。
これまでの自分だったら、案内人の自分がそんなことを参加者に話すなんてありえなかっただろう。
でも、最近の僕は変わりつつもあるみたいで、それは自分から誰かを頼れるようになったということだと思っている。

自立とは、すべてを自分自身で抱えて、すべてを自分で解決するような強さを持つことではない。
自分の強さを知り、自分の弱さも知り、ある部分では他人を頼ったり、甘えたりができるようになること。
人と人、動物や植物、大地や岩や空気や地球、そうした自分以外の存在との関係性の中に、自分自身が存在しているということ。
自分に与えらえるものを他者に与え、他者が与えてくれるものをありがたく受け取る。

ふと訪れるとめどない悩みについて歩きながら考える日々の中で、そうした関係性の自分を見つけることが出来たとき、僕の背中に憑いていた重い何かが、すっと消えていくのを感じた。
それは誰かが背負わせたものではなく、自分自身が気づかぬうちに、なぜか長い間大事に抱え続けていたものだったのだと思う。

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歩く時間を共有することは、同じ方向を向いて前に進む時間を共有するということでもある。
そこには不思議な連帯感のようなものが生まれるのかもしれない。
向かい合っているときには、お酒を飲んでいても絶対に話さないようなことが、すっと口を突いて出てくる。
長い時間、長い距離を、隣同士になって、前に進んでいく仲間のような存在だからなのか、そこには開かれた語りがあり、開かれた語りを広く受け入れる器がある。

誰にも語れない悩みを語ったり、家族や恋人にも秘密な夢を語ったり。
初めて出会った人に、自分の胸の内を思い切り打ち明けていることがある。
隣を歩いている仲間たちならば、きっと同じ方向を向いて、同じ夢を見てくれるのだと、どこかで感じることが出来る。

日陰にあるベンチのようなものに隣り合わせに腰かけて、海を眺める。
海を挟んだ向かい側の港では、釣り人の小さな白い影がぽつぽつと動いている。
保育園の校庭ほどの小さな砂浜に静かに波が打ち寄せて、波間にはウミウが浮かんだり沈んだりしている。

「ちょっと柔らかく炊きすぎちゃったかな」

ぽつりと彼が言う。
ご飯は土鍋で焚いているのだそうだ。

不器用な形をしたおにぎりを食べながら、僕はなぜか泣きそうになってしまって、遠く向こう側の小さな釣り人たちを眺めながら、必死にまばたきを繰り返していた。

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