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快活CLUBで1番快活になりたい!

社会人1年目、私は終電を逃すまで飲み会に居座る愚行を繰り返していた。そんな時は決まって近くの快活CLUBで夜を明かした。そこには自分と同じように終電を逃したもののタクシーに乗って帰る金がない人が沢山いた。

そこは「快活」という言葉とは真逆の空間だった。仮眠目的の客のために薄暗い店内。個室から聞こえる苦しそうないびきは狭いスペースで無理やり寝ている姿を想像させた。ここには快活な人間など1人もいない。名前負けにも程がある。「惰眠窟」とでも呼ぶべき空間だ。私は回らない頭をフルフラットシートに埋めて眠った。

目を覚ました私は無料のモーニングとNARUTOを取りに個室ブースを出た。ナイトパックの8時間いっぱいまであと2時間ある。折角だから10時までのんびりしよう。皆さんは土曜日の10時半くらいにヨレヨレのスーツで電車に乗っている男を見て「何でこんな時間に?」と思ったことはないだろうか。彼らの4割は2時まで飲んでナイトパックを利用した快活ユーザーの成れの果てだ。

NARUTOを手に取りブースに戻ろうとしたその時、一つの違和感に気づいた。陰鬱な終電逃し野郎しかいないはずの店内にスポーツウェアに身を包んだ男がいたのだ。彼は快活クラブをランニングステーション、通称ランステとして利用していた。

快活クラブには無料のシャワーが完備されており、店舗によってはタオルまで用意されている。無料の朝食とコーヒーだってある。朝のランニング後に必要なものが大体揃っているのだ。ランステが整備されたエリアから離れたアーバンランナーにとってまさにオアシスとも言える存在なのだ。

ふと自分の姿を見る。酔ったまま眠ってボサボサの髪。ワイシャツはヨレヨレで袖には飲み会の食べこぼしがついている。どんよりと薄暗かった店内は明るい照明を取り戻していた。「お前らの時間は終わりだ。」と言われているような気がした。朝日に焼かれて死ぬヴァンパイアの気分だった。

すでに200回は読んだであろう中忍試験編を読み返そうとしている生産性ゼロの自分と、年齢もそこまで変わらない彼との差はなんだ?快活CLUBが求めているのは私のような弱者男性ではなく、あんな快活な男性なのかもしれない。

そんなことを考えていると情けない気持ちでいっぱいになってきた。ごめんな、快活CLUB。いつか1番快活になって帰ってくるからな…。

快活クラブで快活に過ごすには?

快活クラブの利用目的は多岐にわたる。私のような仮眠派は氷山の一角にすぎない。マンガの一気読み、映画鑑賞、良質な設備でのオンラインゲームなど、多彩なサービスを展開している。合間に食べられるフードメニューも豊富だ。

勉強用のスペースとして利用する人もいる。あんな誘惑の多い場所で勉強できるのか?とも思うが混んでるスタバやファミレスよりも快適と感じる人もいるだろう。長時間の勉強を断る店も多い都心のカフェより快活クラブの個室の方が気楽だ。喫茶店と異なり必ず電源が確保できるのも魅力だ。資格勉強の講座だって見られる。

現代の生活様式に合わせて用途が多様化している快活クラブ。最も快活に使うにはどうすればいいか?私は完全個室ブースにこもり考え続けた。考える時間はナイトパック8時間分あった。ちなみに完全個室ブースは風営法の関係で飲食が制限されている。

滞在から7時間程過ぎた頃、ある仮説が浮かんだ。「快活クラブでの滞在時間と快活度は反比例する」というものだ。

ランニング後のシャワーと身支度、オンライン会議など快活な快活ユーザーの利用目的は比較的短時間で済むことが多い。マンガや映画をダラダラ見たり、漫然と仮眠をとるといった目的は快活度は低く時間だけがかかる。コスパ、タイパ共に低い。Z世代は卒倒するだろう。

快活であるために快活CLUBから離れなくてはならない。盲点だった。私は個室ブースを後にし「快活断ち」をすることにした。快活CLUBから離れるその時間が私を快活CLUBで最も快活に輝かせることを信じて…。




それから1年後…

私は鹿児島の清流でキャニオニングに励んでいた。

あれから私は快活な男性を目指し続けた。鹿児島への転勤を機にクロスバイクで通勤し、週末はアウトドア系のアクティビティに精を出している。先月にはフルマラソンを完走した。

空中ブランコに挑戦するカローサム
雪山をひた走るカローサム

私は学生時代運動が大嫌いだったが、今身体を動かすのは大変楽しい。私が苦手だったのは運動そのものではなく、学校の部活や体育に付随する連帯責任や周りからのプレッシャーだったようだ。

こうした取組みの甲斐もあり、68kgあった体重は59kgまで減った。私の目指す快活青年の理想体重にかなり近づいた。ラガーマンや関取など高体重の快活青年も存在するが、私の理想は痩せ型の快活青年だ。なにより快活CLUBの個室は太っていると過ごしづらい。

これで完璧だ。そんな自信を胸に私は快活CLUBへ向かった。おそらくキャニオニング上がりに快活CLUBを訪れる最初の人間だろう。

今回訪れたのは鹿児島市郊外にある快活クラブ。都内の雑居ビルに入っている店舗より数段大きく、ゆったりできそうだ。

せっかくだから食事メニューでも注文しようか。普段は寝るだけで食事を頼むなど考えたこともなかったが快活な私は大変空腹なのだ。店で1番大きなトルコライスを頼んでやろうか。

熱いコーヒーにソフトクリームを入れてコーヒーフロートにしてもいい。疲れた身体にはコーラフロートも捨てがたい。

ゆっくりマンガを読むのもいい。快活なスポーツマンガがいいな。高校生の頃を思い出して安っぽいメロンソーダも飲もうか。中学で読むのをやめたマンガの結末でも見てみようか。そういえば結局ソウルイーターってどう終わったんだろう?

いやいや、滞在時間は極力短くだ。スマートで快活な男はスッと来てパッと用事を済ませフッと去るのが鉄則だ。「スッ、パッ、フッ」だ。

「スッ」と無人受付を終えて「パッ」とシャワーブースに入った。ここまでは完璧。我ながら一年のブランクを感じさせない動きだ。少し熱めのシャワーがはやる気持ちを落ち着かせた。あとは「フッ」と去るだけだ。


シャワーを済ませ自席に向かうと、複数名で受付をしている大学生と思しきグループとすれ違った。マンガ喫茶にグループで?なぜ?私は穏やかな気持ちがざわつくのを止められなかった。「サッ、パッ、フッ」などという気持ちは消え去っていた。

どうやら彼らはダーツブースの利用者のようだ。大型の快活CLUBにはカラオケやダーツ、ビリヤードが楽しめるブースがある。当然ドリンクバーや食事も頼める。雑居ビルの小型店舗しか知らない私には、快活CLUBに複数名で行く発想などなかった。カップルシートすら大男専用席と思っていた。休日のブースはそんな人々で満室だった。

私は彼らのように快活な気持ちで快活クラブを利用していただろうか?ただ快活な自分を演出して他の快活ユーザーにマウントを取ろうとしていなかったか?場違いな場所で場違いなマウントをとる。それは「快活」という言葉から最もかけ離れた卑屈な行為だ。

快活クラブに訪れる理由は人それぞれだ。そこに優劣はないしサービスを楽しむ権利は平等にある。1人でも、誰かと一緒でもその場を楽しみ心地よい空間を共に作る。その姿勢こそ真の「快活」なのだ。そんな思いやりの大切さを私はいつしか忘れてしまっていた。仲間を大切にしないヤツはクズだ。

そんな人間が読むべき本は決まっている。

私はNARUTOの中忍試験編を手に取り個室に戻った。


おわりだってばよ。

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