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22時間44分に感謝
2010年10月23日日経新聞夕刊に掲載されたものを修正加筆したものです。
先週のコラムの続きとなるが、富士山登頂千回を目指す實川欣伸(じつかわ・よしのぶ)さんと行った村山古道からの富士登山。出発前から降り始めた雨はまるで僕たちと我慢比べをしているかのようにしつこく降り続けていた。9日、夕方6時に吉原駅をスタートしたが、暗闇のなか村山浅間大社(センゲンタイシャ)に着いたのは翌10日の午前2時だった。
村山浅間大社の浅間はもともとアサマと読む。南方系言語が語源とされ火や煙をあらわしている。何度も噴火を繰り返した富士山の荒ぶる神を納めるために建てられたのが始まりだといわれている。
ここを過ぎると、いよいよ富士の樹海に入る。
これから先の村山古道はほとんどが沢状で、その沢に昨日から降り続けた雨が濁流となってあふれていた。暗闇と雨風に阻まれ何度も目印を見失い迷ってしまう。そのうち、寒さと疲労、そして足場の悪さに心の中で悪態をついていた。
夜が明けたころに雨がやんだ。
標高千㍍を過ぎると手付かずの落葉樹の森が目に入る。日の光が入り始めるとあたりはスズタケ(コケ)が一面に光る幻想的な風景となった。
標高が上がるにつけ植生と季節の移り変わりが見られる。千㍍までは青々としたクヌギやブナ、2千㍍を超えるとダケカンバの紅葉が色づいている。倒木した木からも新芽が生え、動物たちのざわついた気配をいたるところで感じる。
見上げると赤茶色の富士山、下は紅葉と雲海、先ほどまでの機嫌の悪さを忘れ、歩きながら満ち足りた気持ちになった。五合目登山口に予定より4時間遅れて着いた。ここからは石と岩の世界だ。
しかし無造作に置いてある岩ひとつひとつが美しく完璧に見える。あれほどつらくて悪態をつくほどだった雨、泥、暗闇、寒さ、そしてその後に感じた樹海の中の生命の息吹や頂上まで続く無機物の岩たち――。海から続く村山古道を登ることによって、何度も登った道であるはずの五合目からの景色が輝いて見えた。
登頂したころは夕景となっていた。全22時間44分の行程。實川さんの前人未到の富士山千回登頂という偉業を喜ぶとともに、素晴らしい仲間たちとこれほどの経験ができたことに感謝した。すべては海からつながり、人の営みのある町、樹海、森林限界を経て山頂に至る。これまでにないスケールで富士山を感じ、改めてこの山の尊い存在を知った。
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