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エベレストのお茶会

2013年9月21日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 5月22日、僕たちはエベレスト登頂アタック前夜、8500㍍地点の中国とネパールの国境にある尾根、通称「バルコニー」で「お茶会」を行った。
 これは父雄一郎がベースキャンプで提案したものだが、僕は登頂で少しでも装備を軽くしたいため茶道具を持っていくことは無駄なことと思った。
 しかし、嵐の中、登頂メンバーの雄一郎、倉岡裕之、平出和也、そして僕はお茶を囲み、おそらく世界最高所であるお茶会を開くと、とても和やかな気持ちになり、その効果に驚いた。

 このお茶会はその後、父がエベレスト史上最高齢である80歳登頂を果たしたというニュースと共に日本中に広がり話題となった。しかし、僕は各地でどのようなお茶会であったのかと聞かれると、ろくにお茶の作法も知らないので、そのたびに宿題を忘れた子供のような気持になった。
 そのため先日、旅先で知り合った京都・福寿園八代目園主である福井正憲氏(現福寿園会長)を訪ね、福寿園京都本店に行ってきた。
 福井氏は「伝統は守るものではなく育てるもの」を信条に新しい手法を取り入れ、新たな「福寿園」を築き上げてきた。サントリーのお茶「伊右衛門」の名前で親しみのある人は多いのではないか。
 福寿園京都本店の4階に案内してもらうと、そこには屋根のついたお茶室があった。福井氏は「お茶室というのは自然の中に切り取られた人工的な空間」であり「身分関係なく、お互い一人の人間として付き合う」ための茶室であるという。

 茶の作法に全く無駄がなく美しく思えた。最も合理的な動きの中、お互いを敬う気持ちを尊重していきついたのが、お茶の作法であるということがよく分かり、そのひと時を楽しんだ。
 本物のお茶に触れながら、僕たちのお茶会がデタラメでありながらも、その中にいくつかの共通点があることが分かった。まずテントの中は、お茶室と同じく自然の中に切り取られた空間であり、安らぎを得ることができるということ。そして僕たちは緊張感の高まるアタック前日、お互いにお茶を振る舞うことによってチームワークを確認し、アタックに必要な冷静さを取り戻した。戦国時代に花開いたお茶は命のやり取りが頻繁に行われていた中で磨かれた「和」の文化であるということを再認識した。

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