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M&P LEGAL NEWS ALERT #3:裁判資料は誰のものか-日本とアメリカの比較から見る「正義の場」のあり方

1. オンラインでアクセスできるアメリカの裁判資料

2022年5月、アメリカ連邦最高裁判所で審理中のDobbs v. Jackson Women's Health事件の判決草稿のリークがメディアで大きく報じられました。この草稿によれば、女性の妊娠中絶の権利を認めた1973年のRoe v. Wade事件判決が覆される可能性が高いということであり、アメリカ社会では非常に大きな注目を集めました。このニュースは日本でも大きく報じられたので、ご存じの方も多いかもしれません。

では、この裁判は、どのように行われたのでしょうか。実は、この裁判の口頭弁論の様子は、アメリカ連邦最高裁判所のウェブサイトからアクセスすることが可能です。そこには、2時間近い弁論手続きの録音データファイルと、126頁に及ぶ速記録が掲載されています。

日本から見ると、このようなアメリカの裁判資料の公開の仕組みは実に興味深いものです。インターネットへの接続環境がある人は誰でも、社会的に大きな注目を集める裁判を視聴することができるのです。それに限らず、一般的にアメリカの裁判に関しては、オンラインでも相当な量の情報を得ることができます。

2. 閲覧するのが困難な日本の裁判資料

それでは、日本の裁判はどうでしょうか。最高裁判所のウェブサイトに行けば、一部の事件の判決文を見ることはできますが、主張書面や証拠等の膨大な裁判資料を見ることはできません。アメリカの裁判所のように、いつ、どこで、どのように審理が行われたかを知ることができるような情報は、そこには掲載されていないのです。

これについては、そもそも裁判資料を見る必要性を感じたことがないという方も多いかもしれません。他方で、裁判資料を自由に見ることができれば便利だと感じる人も少なくないはずです。例えば、企業の法務部の担当者であれば、自社が直面する紛争と似た訴訟がどのように審理されているかを知ることが、紛争解決の手掛かりになるでしょう。

実のところ、日本で裁判資料を閲覧するためには、やや面倒な手続きを踏む必要があります。例えば、メディアなどを通じて存在を知った裁判(本稿では民事訴訟を前提とします)がどのように進んでいるのか、関連資料を閲覧したいと思った場合、訴訟が係属している裁判所に電話して当事者名や事件番号等、対象事件を特定する情報を伝え、記録を閲覧したいと申し入れるのが一般的です。現行の民事訴訟法においては、裁判の関連資料はオンラインでは閲覧できないので、指定された日時に裁判所に足を運ぶこととなります。当事者と法律上の利害関係を疎明した第三者は訴訟の関連資料を謄写(コピー)することが可能ですが、その他の第三者は閲覧のみ許容されているにすぎません。

なお、2022年5月に成立した民事訴訟法のIT化関連法が施行されれば、訴訟記録の閲覧も一部オンラインでできることになりますが、その対象は、訴訟の当事者と法律上の利害関係を疎明した第三者に限定されます。その意味で、日本で裁判資料にアクセスするためのハードルは、まだまだ高いと言わざるを得ないでしょう。

3. 裁判資料は誰のものか

このように裁判記録が公開され、口頭弁論の様子を知ることのできるアメリカの裁判と、公開される判決は一部にすぎず、裁判関連資料へのアクセス方法も限られている日本とでは裁判のあり方に大きな違いがあります。このような日本とアメリカの裁判関連情報の取り扱いの違いは、裁判を社会の中でどのように位置付けるのかという考え方の差異に根差しているようにも思われます。

それは、裁判を公共的な場ととらえるのか、それとも主に個々の当事者の救済の場ととらえるのかというアプローチの違いだと言ってもよいかもしれません。もちろん、判例法の国であるアメリカと、成文法の国である日本の法制度の違いとして説明できる面も大きいでしょう。また、プライバシーや営業秘密の保護等考慮すべき事項も多々あります。

ですが、裁判を公共的な場ととらえるのであれば、裁判資料は当事者の紛争解決の材料として使われるだけでなく、社会の全ての構成員に開かれたものであるべきだという考え方も成り立ちます。もしそうだとすれば、今後は日本でも裁判資料に広くアクセスできる方向性を考えていくのが望ましいのではないでしょうか。


Author

弁護士 緑川 芳江(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:弁護士(日本・ニューヨーク州)。東京大学法学部卒業・同法科大学院修了、コロンビアロースクール(LL.M.)修了。2007年弁護士登録(第二東京弁護士会)、2015年ニューヨーク州弁護士登録。森・濱田松本法律事務所等を経て、三浦法律事務所設立パートナー。紛争案件を中心に、国内外のビジネス法務を手掛ける。日本およびシンガポールの大手法律事務所での勤務経験を通じ、国際実務に即したアドバイスを提供している。英国仲裁人協会会員(MCIArb)、日本仲裁人協会会員。The Best Lawyers in Japan (訴訟) 2023、The Best Lawyers in Japan (コーポレートガバナンス&コンプライアンス) 2023等選出。

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