ポイント解説・金商法 #3:サステナビリティ情報の開示・四半期開示の一本化を含むディスクロージャーワーキング・グループ報告書とCGコード①
1. 6月13日、金融審がサステナビリティ情報の開示や四半期開示の一本化を含めた報告書を公表
6月13日、金融審議会ディスクロージャー・ワーキング・グループ(以下「DWG」といいます。)による「中長期的な企業価値向上につながる資本市場の構築に向けて」と題する報告書が公表されました。
報告書に基づく改正等が実施された場合には、有価証券報告書に追加される記載項目や内容は多数あり、それによる記載分量も増加することが見込まれます。東京証券取引所プライム市場に上場する上場会社などでは、CGコードの2021年6月改訂(以下「2021年改訂コード」といいます。)においてサステナビリティを巡る課題への取組みや企業の中核人材における多様性の確保など、一部対応済みのものもあるかと思われますが、CGコードはコンプライ・オア・エクスプレインの手法が採用されており、説得力のある理由が必要であるものの、エクスプレインすることもできます。一方、報告書を踏まえて、有価証券報告書に追加される記載項目や内容が法定開示となることで、法令上の不実記載の責任(民事、課徴金、刑事罰)の対象となり、上場会社の多くに対する開示の義務付けが予想されます。
このような投資者に有用な情報の開示が増えることは好ましい一方、対応する上場会社(特にプライム市場上場会社)としては、作業負担は増加することが想定され、有価証券報告書の作成過程においてサステナビリティ関連の部署と共同の上、対応を準備する必要があるものと考えられます。
報告書は全体で39頁あり、その内容は多岐にわたるため、上場会社の情報開示の実務に関係する項目に絞って、2回に分けて概説します。
2. サステナビリティに関する企業の取組みの開示
2‐1 全般
サステナビリティ情報の開示に関し、以下の取組みを進める旨が述べられています。
(1)開示対応について
①(有価証券報告書における開示)に関し、サステナビリティ情報の開示における「重要性」の判断について、グローバルなサステナビリティ報告基準の策定を進めている国際サステナビリティ基準審議機会(ISSB)が2022年3月に公表したサステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項及び気候関連開示基準の公開草案では、財務諸表についての判断とは異なるとされています。そこで、このような国際的な動向も踏まえつつ、現在は経営方針・経営戦略など、経営成績などの分析、事業等のリスクを中心としたものとなっている「記述情報の開示に関する原則」(2019年3月金融庁公表)を、サステナビリティ情報の開示の充実を進めるに当たって、金融庁において改訂を行うべきとされています。
この点、2021年改訂コードにおいては、上場会社は社会・環境問題をはじめとするサステナビリティを巡る課題について適切な対応を行うべき(原則2-3)、気候変動などの地球環境問題への配慮・人権の尊重・従業員の健康・労働環境への配慮や公正・適切な処遇などといった課題に積極的・能動的に取り組むよう検討を深めるべき(補充原則2-3①)、サステナビリティについての取組みを適切に開示すべき(補充原則3-1③前段)、サステナビリティを巡る取組みについて基本的な方針を策定すべき(補充原則4-2②)とされています。
CGコードに沿ってコンプライをして、コーポレート・ガバナンス報告書において開示を行っている会社にとっては、追加的な対応の範囲は多くはないものと思われるものの、今後の開示の内容については留意する必要があります。
なお、今後の開示の内容については、ISSBの公開草案(本年末までに最終化される予定)や日本のサステナビリティ基準委員会(SSBJ)の議論が参考になるものと思われます。
また、現在の有価証券報告書においてサステナビリティ情報は、「事業等のリスク」等の項目で分散して記載されたり、企業により開示箇所が異なったりするため、比較可能性を担保すべく、サステナビリティ情報の「記載欄」を新設すべきとされています。この「記載欄」の記載事項は、国内外のサステナビリティ開示で広く利用されている気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)のフレームワークやISSBの公開草案では、「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、「指標と目標」の4つの構成要素に基づく開示となっていることから、国際的な比較可能性の観点から同様の枠組みとすることが想定されています。
また、企業負担にも十分に配慮することが重要とされ、TCFDのフレームワークやその提言を踏まえて、上記の4つの構成要素に基づく開示を行うこととしつつ、「ガバナンス」と「リスク管理」は全ての企業が開示し、「戦略」と「指標と目標」は、各企業が「ガバナンス」と「リスク管理」の枠組みを通じて重要性を判断して開示すべきとされています(なお、重要性を判断した上で記載しないこととした場合でも、投資家にとって有用な情報であることから、その判断や根拠を含めた開示を積極的に行うことが強く期待されるとされています。)。
この点、2021年改訂コードの補充原則3-1③後段では、プライム市場上場会社は、気候変動に係るリスク・収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響についてデータ収集・分析を行い、TCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべきとされており、コーポレート・ガバナンス報告書において「TCFD提言の項目ごとの開示の有無や、シナリオ分析を行っている場合にはその旨を記載することが考えられます。」とされています(コーポレート・ガバナンス報告書記載要領Ⅰ1.(2))。そのため、2021年改訂コードに基づく対応を十分に行っている会社にとっては追加的な対応の範囲は多くはないかもしれませんが、これ以外の会社については、対応が必要となるものと思われます。
サステナビリティ情報の「記載欄」においては、投資判断に必要な核となるサステナビリティ情報を記載し、有価証券報告書の他の項目である「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」、「事業等のリスク」、「コーポレート・ガバナンスの状況等」などと適切に相互参照するとともに、有価証券報告書の記載を補完する詳細情報について、必要に応じて詳細情報を記載した任意開示書類を参照することが考えられるとされています。
報告書では、有価証券報告書の「記載欄」において、投資家の投資判断に必要な核となるサステナビリティ情報を記載することが前提とされているものの、詳細情報については任意開示書類を参照させることも考えられるとされており、このような対応が可能とされれば、2021年改訂コードに基づく対応を行っている会社は、コーポレート・ガバナンス報告書の記載の要点を有価証券報告書に記載することで、有価証券報告書の記載を大きく変更する必要はないかもしれません。
なお、具体的な開示内容は、今後検討が行われる見込みです。この開示内容については、グローバルな投資家との対話が期待される市場区分(プライム市場を想定しているものと思われます。)に属する上場企業であるか否か、有価証券報告書提出会社にとって過度な負担となる場合がないか、といった観点から市場区分等に応じて段階的な対応を取るべきかといった点も検討することが考えられるとされており、企業の負担にも一定の配慮がなされるものと考えられます。
②(任意開示の促進)に関し、金融庁が公表している「記述情報の開示の好事例集」や2021年改訂コードを受け、上場会社におけるサステナビリティに関する取組みとその開示が急速に進んでいることから、今後も、開示の好事例を広げる取組みを進めることが重要であるとされています。
(2)留意事項について
①(将来情報の記述と虚偽記載の責任)に関し、金融庁は「一般に合理的と考えられる範囲で具体的な説明がされていた場合、提出後に事情が変化したことをもって虚偽記載の責任が問われるものではないと考えられる」としており(※)、これに関し、企業内容等開示ガイドライン等において、さらなる明確化を図ることを検討すべきとされています。これは、実務には好ましいものと考えられます。
②(任意開示書類の参照)に関し、「金融商品取引法は有価証券報告書の記載内容に虚偽記載があった場合の責任を規定しているが、任意開示書類に、事実と異なる実績が記載されているなど、明らかに重要な虚偽記載があることを知りながら参照するなど、当該任意開示書類を参照する旨を記載したこと自体が有価証券報告書の重要な虚偽記載になり得る場合を除けば、参照先の任意開示書類に虚偽記載があったとしても、単に任意開示書類の虚偽記載のみをもって、同法の罰則や課徴金が課されることにはならないと考えられる」とされています。このような見解は、有価証券報告書において任意開示書類の参照促進に好ましいものといえますが、民事責任との関係や合理的な根拠がない情報開示は風説の流布になり得るため、適切な情報開示となるように注意する必要はあるものと考えます。
③(法定開示と任意開示の公表時期)に関し、現在の実務では有価証券報告書の提出後にサステナビリティ情報の記載された任意開示書類を作成・開示しているケースが多いものの、これらの公表時期を揃えていくことが重要であり、実務的な検討や環境整備を行っていくことが考えられるとされています。
仮に、有価証券報告書において投資判断に必要な核となるサステナビリティ情報を記載した上で、詳細情報については任意開示書類を参照させる場合には、両書類を同時に公表しなければ参照先の書類が存在しない(あるいは古い情報を参照させる)ということになるため、参照という形式をとる場合、基本的には両書類は同時に公表することになるものと考えられます。
2-2 気候変動対応に関する開示
本年中に最終化予定のISSBの気候関連開示基準を踏まえ、SSBJにおいて迅速に具体的開示内容の検討に取り掛かることが期待されるとされているところ、現時点においては、上記1.でも記載したとおり、下記の指摘がなされています。
なお、「指標と目標」の枠で開示することが考えられる温室効果ガス(GHG)排出量に関しては、各企業の業態や経営環境等を踏まえた重要性の判断を前提としつつ、特にScope1・Scope2のGHG排出量について、積極的に開示することが期待されるとされています。
2-3 人的資本、多様性に関する有価証券報告書の開示
以下の項目について、有価証券報告書の開示項目とすべきとされています。
なお、「女性活躍推進法、育児・介護休業法等他の法律の枠組みで上記項目の公表を行っていない企業(現行制度を前提とすれば、女性管理職比率や男女別の育児休業取得率は女性活躍推進法に基づく公表項目として選択していない企業、男性の育児休業取得率は従業員1,000人以下の企業で任意の公表も行っていない企業等)についても、有価証券報告書で開示することが望ましい。開示する際には、投資判断に有用である連結ベースでの開示に努めるべきであるが、最低限、提出会社および連結会社において、女性活躍推進法、育児・介護休業法に基づく公表を行っている企業は有価証券報告書においても開示することとすべきである。」とされており、また、定量的な指標の開示に当たっては、投資家が適切に指標を理解することが重要であるため、企業が指標に関する説明を追記できるようにすることが考えられるとされています。
CGコードでは、女性の活躍促進を含む多様性の確保を推進すべきとされているほか(原則2‐4)、2021年改訂コードでは、より具体的に多様性の確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標を示し、開示すべき等とされています(補充原則2‐4①)。CGコードに沿ってコンプライをして、コーポレート・ガバナンス報告書において開示を行っている会社にとっては、追加的な対応の範囲は多くはないものと思われる一方、それ以外の会社にとっては、実態面の確認や方針策定などの対応や有価証券報告書の作成に当たっての社内での情報の収集といった対応が必要になるものと思われます。
なお、サステナビリティ情報は、①取組方針の策定、②取組方針に基づく計画と目標の設定、③各目標の進捗・達成状況の開示というのが基本的な開示フレームワークとなります(例えば、CGコード補充原則2‐4①では、「女性・外国人・中途採用者の管理職への登用等、中核人材の登用等における多様性の確保についての考え方」が①に、「自主的かつ測定可能な目標を示す」が②に、「その状況を開示」が③にそれぞれ対応するものとなっています。)。人的資本、多様性についての開示を行う際も上記の開示フレームワークに沿った対応を進めることが考えられます。
3. コーポレートガバナンスに関する開示
以下の項目について、有価証券報告書の開示項目とすべきであるなどとされています。
このうち、「(1)取締役会、指名委員会・報酬委員会等の活動状況」については、前回2018年6月のDWG報告を受け、すでにコーポレート・ガバナンス報告書では記載することが「望まれる」とされているため(コーポレート・ガバナンス報告書記載要領Ⅱ1.(2)⑥、Ⅱ2.)、コーポレート・ガバナンス報告書において開示を行っている会社にとっては、追加的な対応の範囲は多くはないと思われる一方、それ以外の会社においては、他社事例も参考にしながら、記載内容について検討を進めることになります。
Authors
弁護士 峯岸 健太郎(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2001年一橋大学法学部卒業、2002年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)、一種証券外務員資格。19年1月から現職。06年から07年にかけては金融庁総務企画局企業開示課(現 企画市場局企業開示課)に出向(専門官)し、金融商品取引法制の企画立案に従事。
『ポイント解説実務担当者のための金融商品取引法〔第2版〕』(商事法務、2022年〔共著〕)、『実務問答金商法』(商事法務、2022年〔共著〕)、『金融商品取引法コンメンタール1―定義・開示制度〔第2版〕』(商事法務、2018年〔共著〕)、『一問一答金融商品取引法〔改訂版〕』(商事法務、2008年〔共著〕)等、著書・論文多数。
弁護士 関本正樹(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2007年東京大学法学部卒業、2008年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士。21年7月から現職。18年から20年にかけては株式会社東京証券取引所 上場部企画グループに出向し、上場制度の企画・設計に携わる。『ポイント解説実務担当者のための金融商品取引法〔第2版〕』(商事法務、2022年〔共著〕)、『対話で読み解く サステナビリティ・ESGの法務』(中央経済社、2022年)、『支配株主・支配的な株主を有する上場会社における少数株主保護─東証「中間整理」の解説─』 (旬刊商事法務 、2020 年)、 『上場子会社のガバナンスの向上等に関する上場制度整備の概要』(旬刊商事法務、 2020年)等、著書・論文多数。
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