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インドネシア最新法令UPDATE Vol.13:オムニバス法による労働法制への改正-施行規則を踏まえて-

2021年2月2日に、オムニバス法の施行規則として以下の各施行規則が制定されました。

• 外国人労働者の利用に関する政府規則2021年34号

• 有期雇用契約・アウトソーシング・労働時間・休憩・雇用の終了に関する政府規則2021年35号

• 賃金に関する政府規則2021年36号

• 失業保障プログラムの手続に関する政府規則2021年37号

これらの施行規則による影響は、解雇法制、外国人労働者等の雇用手続、有期契約社員に関する雇用法制、アウトソーシング法制等、多岐にわたっています。本記事では、これらの改正点について解説します。

なお、改正前の労働法制については、拙著「インドネシアビジネス法実務体系」の140頁以下をご参照ください。

1. 解雇法制

(1)解雇手続

オムニバス法による改正の前は、雇用者が労働者を解雇するためには労働裁判所の許可が必要とされていました(改正前労働法151条3項)。改正前労働法151条3項は、労働裁判所の許可の必要性について、労働者が解雇につき異議を述べるか否かによる区別は設けていませんでした(つまり、「解雇」を行う場合には、労働者が異議を述べなかった場合でも、異議を述べた場合でも、労働裁判所の許可が必要とされていました)。

これに対し、オムニバス法やその施行規則においては、雇用者が解雇通知を行い労働者が異議を述べなかった場合、労働当局に対して解雇の事実を通知すれば足りることとされました(政府規則2021年35号38条)。他方、労働者が異議を述べた場合には、雇用者および労働者(または労働組合)の間の2社間協議等を経て、合意に至らない場合には労働裁判所の許可が必要となります(労働法151条4項、労使紛争解決に関する法律2004年2号)。

上記の変更点は、実務上はあまり影響がないように思われます。オムニバス法改正前においても、労働者が解雇に応じる場合には「解雇」という形式によらず、「合意退職」という形式をとれば足り、労働裁判所の許可は必要はありませんでした。ただし、実務上は実質的には一方的解雇であるにもかかわらず、「合意退職」という形式をとることで、解雇につき労働裁判所の許可を得る義務を潜脱したと事後的に主張されるリスクがないかという問題が存在しました。上記改正により、一方的解雇についても労働者が異議を述べなければ有効である旨が明確化された点には意義があるとの評価も可能であるように思われます。

(2)退職給付

a. オムニバス法においても改正がない点
雇用者が労働者を解雇をした場合には、労働者に対し、法定の退職給付を支払う必要があります。退職給付には、退職金、勤続功労金、権利補償金が含まれます。退職金、勤続功労金については、解雇時の月給に労働者の勤続年数によって定まる係数を掛け合わせることで計算されます。この計算式自体については、オムニバス法やその施行規則においても変更はありません。

b. 改正前
退職給付の額は、解雇事由により異なります。解雇事由ごとに「退職金●倍、勤続功労金●倍」という形で、退職金や勤続功労金の倍率が定められています。オムニバス法による改正前は「退職金1倍、勤続功労金1倍」が「下限」とされ、解雇事由によっては「退職金2倍、勤続功労金2倍」という形で割増退職金が定められていました。具体的には、下表のとおりです。

図1

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c. オムニバス法による改正

オムニバス法およびその施行規則では、一部の解雇事由については割増退職金が定めらているほか、解雇事由によっては、「退職金0.5倍」という形で減額退職金が定められています。減額退職金は、オムニバス法やその施行規則により初めて導入されたコンセプトです。オムニバス法や施行規則における退職給付は、以下の通りとなっています。

一見して分かる通り、オムニバス法や施行規則では多くの事由につき、減額退職金が定められており、解雇の際の雇用者の経済的負担が軽減されています。

オムニバス法による改正の前に割増退職金が定められていた解雇事由のうち、日本企業にとってインパクトが大きいものとしては、合併等の組織再編行為を契機とした解雇(退職金2倍、勤続功労金1倍)や、業務効率化のための整理解雇(退職金2倍、勤続功労金1倍)等がありました。これらにつき割増退職金の負担から、組織再編や整理解雇による業績改善が妨げられているという指摘がありました。オムニバス法においては、これらの事由について割増退職金が撤廃されており、上記の問題点を改善するものであると評価できます。

<割増退職金>

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<通常の退職金>

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<減額退職金>

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2. 外国人労働者雇用法制

インドネシアの会社が外国人労働者を雇用するためには、外国人雇用計画(RPTKA: Rencana Penggunakan Tenaga Kerja Ading)を作成し、労働当局の承認を受ける必要があるとされています。オムニバス法による改正の前は、以下の場合には例外としてRPTKAにつき労働当局の承認を受ける必要はないとされていました(労働大臣規則2018年10号10条1項)。

• 政府機関、外国の代表書、国際機関が外交人を雇用する場合
• 株式を保有する外国人を取締役、コミサリスとして起用する場合

オムニバス法やその施行規則においても、上記の点には変更はありません。オムニバス法の施行規則である外国人労働者の利用に関する政府規則2021年34号においては、上記2つの例外に加え、RPTKAにつき労働当局の承認が不要となる新たな事由が定められています。その新たな例外は、緊急事態により生産が停止している生産活動・職業訓練、テクノロジーに依拠したスタートアップ、商用訪問一定の期間の調査活動のための外国人労働者とされています(政府規則2021年34号19条1項c)。これらの外国人労働者については、雇用者がRPTKAにつき労働当局の承認を受ける必要がなくなりました。

3. 期間の定めのある雇用契約(有期契約社員)

(1)概要

オムニバス法の施行規則である政府規則2021年35号において、期間の定めのある雇用契約の種類・分類は、以下のように定められています。

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主な改正点としては、①期限の定めのある雇用契約を締結できる期間に関する変更と、②有期契約社員についても退職給付を受領できるようになったことが挙げられます。

(2)有期契約社員の契約期間

改正前は、有期契約社員との契約期間は原則として2年であり、終了の7日前までに書面通知を行うことで1年間の延長が可能であるとされていました(改正前労働法59条4項、5項)。そして、当初の有期契約の終了から30日を経過後、1回に限り、2年間を上限として更新が可能であるとされていました(改正前労働法59条6項)。

オムニバス法や施行規則による改正により、上表①の業務については、雇用期間をはじめから最長5年間とすることが可能となりました(政府規則2021年35号8条1項)。改正前も改正後も、延長を含めた雇用期間が5年間であることには変更がありません。しかし、改正前は最初の雇用期間は2年間が上限であり、その後延長や更新を行うことが必要でした。これに対し、改正後は上表①の有期契約社員につき、最初から5年間の雇用期間を定めることが可能になりました。

(3)有期契約社員の退職給付制度の新設

改正前は、有期契約社員には退職に際しての給付はありませんでした。オムニバス法や施行規則においては、有期契約社員に対する退職給付制度が新設されています。退職給付の額は、以下の計算式で計算されるものとされています(政府規則2021年35号16条1項)。

月給×勤続月数÷12

上記のように、有期契約社員の雇用期間が延長されたことに伴い、有期契約社員についても一定の退職給付を行うことで、バランスをとる狙いと考えられます。

4. アウトソーシング規制

ひとたび労働者を雇用すると解雇が難しいこともあり、インドネシアにおいては会社の業務の一部につき、労働者を直接雇用せず、アウトソーシングすることが一般的に行われています。ドライバーや清掃スタッフ等がその典型例です。

オムニバス法による改正の前は、アウトソーシングの種類として派遣(Penyediaan Jasa Pekerja Buruh)と業務委託(Pemborongan Pekerjaan)とに区別されていました。いずれの類型についても、製造プロセスと直接かかわる作業やコア業務については、派遣および業務委託を行うことはできないとされていました(改正前労働法65条2項cおよびd、66条1項)。製造プロセスを行う従業員については、アウトソースによることなく従業員を直接雇用することを求める趣旨であったと考えられます。しかし実務上は、会社のコア業務につきアウトソーシングを利用する必要性から、ソフトウェア開発の一部をアウトソースする等、上記に違反すると思われる例もみられました。

また、オムニバス法による改正前は、派遣および業務委託についても労働法上定められた一定の規定に違反した場合には、派遣会社・業務委託先会社と労働者との間の労働契約は、アウトソーシングを行った会社と労働者との間に移転するとされていました。このためアウトソーシングを行った会社からみると、アウトソーシングが違法に行われた場合には、派遣労働者が自社の労働者になってしまうリスクが存在しました。実際に、日系企業がローカルの派遣会社を起用している場合には派遣労働者としては日系企業に雇用された方が有利であることから、派遣労働者がアウトソーシングを行った日系企業に対し、労働者としての地位を主張するという事例も見られました。

オムニバス法やその施行規則においては、「派遣」と「業務委託」という区別が廃止され、「アウトソーシング」(Alih Daya)という形態に統合されています(労働法66条、政府規則2021年35号18条以下)。製造プロセスと直接かかわる作業やコア業務につきアウトソーシングを実施することができないという制限が撤廃され、コア業務についてもアウトソーシングを活用することが可能となっています。さらに、違法なアウトソーシングが行われた場合に労働契約がアウトソーシングを行った会社に移転するという規定も削除されています。これらにより、アウトソーシングを行う会社は派遣労働者が自社労働者となってしまうリスクを負うことなく、コア業務についてもアウトソーシングを活用することが可能となっているといえます。


Author

弁護士 井上 諒一(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2014年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)。2015~2020年3月森・濱田松本法律事務所。2017年同事務所北京オフィスに駐在。2018~2020年3月同事務所ジャカルタデスクに常駐。2020年4月に三浦法律事務所参画。2021年1月から現職。英語のほか、インドネシア語と中国語が堪能。主要著書に『インドネシアビジネス法実務体系』(中央経済社、2020年)など

この記事は、インドネシアの法律事務所であるARMA Lawのインプットを得て作成しています。


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