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目の前の風景がそのまま絵になるということ<絵描き・吉田真理>|三浦編集長in山形

 白い画用紙に絵の具がリズムよく塗り重ねられ、深い森が静かに浮かび上がってくる。淡々と迷いなく進む筆の先で、少女は幼いカモシカに出会い、日常と非日常の間を進んでいく――

(写真:旧小玉川小中学校の中にある吉田さんのアトリエ) 

 山形に到着した翌日、三浦たちは小国町の小玉川という場所にある廃校舎を訪ねた。ここに絵描き/イラストレーターの吉田真理(よしだ・まり)さんが拠点とする「studioこぐま」のアトリエがある。

「まだメインビジュアルのラフができていなくて」

吉田さんは三浦たちをアトリエに案内するとすぐに、依頼しているイベント用の絵を目の前で描き始めた。

吉田 真理
1992年 埼玉県生まれ
2015年 東北芸術工科大学 洋画コース 卒業
2016年 studioこぐまで活動中

山形県小国町小玉川地区の旧校舎で、生き物の「純粋に素直に生きる力」をテーマに、動物や植物、風景などをコピー用紙から大きな板まで様々な素材に描きます。
http://yoshida-mari.tumblr.com/

「小国町には2016年の6月に来たので3年めですね。一回東京で勤めたんですけど、絵の仕事がしたくて再び山形に来ました」

埼玉県出身の吉田さんが初めて山形に来たのは大学生のとき。山形市にある東北芸術工科大学で油絵を学んだ。昔から絵を描くことが好きで、中学の頃から美術部でずっと描き続けている。

卒業後は布系の会社に行きたいと思い、東京の寝具会社に就職した。実家から通いながら、配属先の商品部で仕入れや発注といった事務系の仕事を担当した。

いつかは絵で生きていきたいと思っていた。

「実家にいたときも週末は絵を描いていたんですけど、うまく進まない時があって。どう描いたらいいか分からなくなってしまったんです。その時が初めてですね、暮らしの中に絵がなくなったのが」

別に風邪をひいているわけではないのに、なんだか体調がすぐれない日が続いた。なんか気分が変だなと思っているうちに、しばらく絵を描いていないからだということに気付いたという。

絵を描こうと思っても上手く描けず、描く楽しさも感じられなくなってしまった。

「真っ直ぐな四角い建物ばかりでは今が何月なのか、暑いのか寒いのか、季節も分からなくて。結局普段見ているものがそのまま手を通って出てくるので、通勤の地下鉄やビル街を歩いていても何も生まれませんでした。」

(写真:アトリエの窓からは夏でも雪渓の残る飯豊連峰が見える)

ちょうどその頃、たまたま芸工大卒業生の団体でこの学校の利活用をする「studioこぐま」が人員募集しているのを知った。

絵で生きるにしても激戦区の東京ではなく地方がいいなと考えていた吉田さんは、すぐに「行きます!」と手を挙げ、思い切って仕事を辞めた。

小国町に移住してからは、絵描きとしてだけではなく、イラストレーターとして雑誌の挿絵を描くなど、あらゆる依頼を受ける形で仕事を始めた。

(写真:アトリエが入る旧小玉川小中学校)

住居はアトリエから車で3分の一軒家に暮らしている。冬場は4mもの雪が積もる豪雪地帯だが、食べるものは近所で育てている方にいただくなど、助け合える環境があるのでそんなに物がなくても暮らせているという。

食べものに限らず、何かがなければ自分で工夫して作る。それが面白くて、自然にクリエイティブになる。

「ここでお金を使うのはすごい好きだなと思います。ここの商店で買い物するとばあちゃんにお金が行くとか、買い物しても誰かの暮らしの中に入りこむお金になるので。

この前はきな粉が欲しかったんですけど置いてなくて。”じゃあちょっと町に行く人いるから買ってきてもらうわ。たぶん夕方には届くから”って言われました。

それで夕方きな粉が届いたんで、アマゾンより早いですよね(笑)。送料はいらないからって、なぜかキュウリまでもらって帰りました。お金じゃない経済がここにはたくさんあるので面白いですよね。」

見本となるものがあちこちに広がっている、静かで自然のある環境で黙々と絵を描けるのは幸せなことだと思う。

最近はカモシカを描くことが多い。

「ある冬、家の裏でカモシカがクルミの枝を食べてて。食べものがないから、頭にも雪が積もっても必死で。なんか情が湧いちゃって、カモシカは描いてあげようと思ったんです。」

時々仕事をもらっている『東北食べる通信』は小国が特集されたことがきっかけでイラストの依頼をもらい、それから何回か描くようになったという。ある時描いたクマの解体図では予想しない苦労があった。

(写真:食の裏側を知って食べることがコンセプトの情報誌『東北食べる通信』の挿絵も描いている)

「クマを獲ったらどこまで食べるのかとか。そこまでみんな見せた方がいいということで描くことになったんですけど、資料が何もなくって、聞き書きというか、地域の人に聞いてクマの内臓ってどこにあるんですか?あばらって・・・みたいな。

”人間と変わんねえ”とか言われて。そんなことないと思うんですけど(笑)、みんなさばくのに必死だから記録とか残せないんですよね。

(写真:『東北食べる通信』2017年5月号に掲載されたクマの解体図)

地元の方からのツッコミがめちゃくちゃ多かったですね。”肝臓は大きくて腸はめっちゃ長いよ”とか”爪長くして!こんなんじゃだめだ!”とか言われながら(笑)

あとはイカ漁船にのせてもらってパッキパキのイカをその場でいただいたこともありました。現場に行くと解像度が上がりますね。大変だったけどいい経験をさせていただきました」

日常を描く。目の前にあたりまえのようにある風景や生き物がそのまま創作のインスピレーションになる。小国町は作家としてこれ以上ない環境ではないだろうか。

一方で吉田さんはこうも言う。

「ただ絵の具を筆につけて塗るだけで楽しいから、描くものは何でもいいし、場所ももしかしたら小国じゃなくてもいいかもしれない」

小国での暮らしを心から楽しみながらも、変に気負っていない。ただ自然体で絵を楽しむ吉田さんの生き方はとても素敵だ。その手から生み出される作品に、もっと出会いたいと思う。

<写真:鈴木良拓、文:三浦>

●9月1日~9日はぜひ吉田さんの作品に会いに「サテライトショップ群言堂 山形」へ!詳しいイベント情報はこちら