あおいはる。~初夏のノスタルジー~ 「FとD」

出席番号 5番 石橋茜 
     20番 藤原陽菜

「なに指ぺろしてんの。」

顔あげると、陽菜がしかめ面で立っていた。
そんな顔をされるような覚えはないんだけど、彼女のことだから原因は私と関係のない可能性も大いにある。

「そっちこそG見つけたような顔してるけど。」
「超あつい。」 
「なる。」

確かに今日は、初夏とは思えない暑さだった。
年々そういう日が増えているけれど、もう地球は駄目なのかもしれない。 空は、こんなに青いのにさ。

「ちなみに、指を舐めてたのは暑さのせいです。」
「アイスか、なる。」

陽菜は、私の隣に当然のように座る。
待ち合わせの相手は彼女ではない。まあ、約束の時間にはまだ20分くらいあるから、彼女の相手をするには十分なんだけど。

「なにしてんの。」
「うん、みうと待ち合わせ。」
「あ、そうなんだ。」

聞いてきたくせに、全く興味がなさそうな陽菜はすでにスマフォの画面をのぞいている。
別に悪い気はしない。陽菜は、こういう子。むしろ自然体で私は好ましく思うくらい。うらやましい。

「まじであつい。しぬ。」
「スカートぱたぱたしないの。」

陽菜が、校則よりは短めなスカートの裾をつまんで、ひらひらし始めるので、思わず母親のような突っ込みを入れてしまう。
陽菜は聞いているのかいないのか、一切辞める気配はなく、私の顔を見る。

「大丈夫、減らない。」
「そう、じゃあ何も言わない。」
「ピンク。」
「聞いてないけどわかってた。」

セーラーが透けて、ブラの紐がくっきり見えている。なんなら、前から見ても透けている。
きれいなピンク色。
陽菜は、絶対上と下は揃えるタイプだと思っている。 そこはサボらない女子、それが陽菜。

「何色?」
「え? 言う流れのやつ? 水色」

こういう話はみうとしかしないけど、陽菜ならいいや、と思う。
みうが言ってたっけ、ギャルに悪い子はいないって。陽菜を見てると的を射てると思う。
ところで、どうして陽菜はここにいて、私の隣に座っているんだろう。 多分暇なだけなんだろうけど、聞いてみる。

「暇なの?」
「うん。暇。」
 
なんのひねりもない回答。でもなんだか、それがいいなと思う。 
私の質問に答えてはくれるけど、陽菜は一切スマフォから顔は上げない。それも、何か用があるわけではなく、ぼーっとタイムラインを覗いているだけのようだ。心底暇なんだろう。

「茜ってFだっけ?」
「唐突」

陽菜の会話は無軌道だ。思いついたことをそのまま言っているのだろう。
大抵は発言する前に脳で一旦フィルターを書けるものだと思うけど、そういうの一切かかってなさそう。
それもまた、彼女らしくて吹き出してしまう。

「そうですが、何か」
「触っていい?」
「んー、体育のときにしない?」

さすがにコンビニ前ではちょっと。

「わかった」

すぐに興味を失ったようにスマフォに顔を戻す陽菜。
潔すぎてまた、笑ってしまう。おそらく、体育のときにはすっかり忘れているのだろう。

「陽菜は?」
「D。触る?」
「じゃあ体育のときに。」

コンビニ前で、触られるより触っているほうが明らかにいろいろ支障がある。

「いいのに。」
「私がよくないのよ。」

なぜか陽菜は残念そうに私の顔を見る。拗ねた顔が可愛い。
こんな顔を見せられたら男子はころっといってしまうに違いない。
陽菜は尋常じゃなく美人だ。ナンパは冗談じゃなく日常茶飯事みたいで、それなりに大変なんだと思うけど、本人は「何が?」といつも首をかしげる。
強い子なんだと思う。ちょっとアホっぽいと思う人もいるんだろうけど、陽菜は生命力があるというか、生きる力が強いタイプだと、私は感じる。

「てかさ、私たち並んでるのヤバくない?」
「何が?」
「だってウチらモテるじゃん。」
「……あー、そういう。」

ちょっと嫌味な表現になるから嫌だけど、言葉を選ばす言うなら、私と陽菜が並んでいるのは相当外見レベルが高いということだ。
男子いなくてよかった。今日の私はそういう気分じゃないから、あんまりいい対応ができないと思うから。

「ね、夏ってどう思う?」
「どう思うって……?」
「好き? なんかいい思い出とかある?」

まるで私の頭の中でも覗いてきたみたいに、陽菜が聞いてくる。
私は言葉に詰まる。 夏は。

「私は嫌い。暑いから。」

陽菜は、空を見上げながらあっけらかんと言い放つ。
なんだか、私の気持ちを代弁してくれたような気がして、ものすごく気が楽になってしまう。
私も空を見上げる。本当に、憎らしいほどに、青い。

「暑いよね、夏」
「あつい、無理。水浸かりたい」
「水浸かりたいって……」
「今度プールいこ」
「あ、いいね」

さっきまで、二人揃ったらなんとかと言っていたのに。
きっとナンパされて面倒なはずだけど、私は少し心が踊った。

「あ、でも水着買いにいかなきゃだ。」
「わかる。同じのはない。」

そう言いながら、陽菜はカレンダーを睨んでいる。どうやら、いつにするのかこの場で決める気らしい。その行動力。それも、陽菜らしい。

「来週の日曜ね。」

空いてる? ではなくて、決定らしい。
でも、そんな小さなことは気にしない。空いてるから。

「買ってそのまま行く?」
「採用。」

そういうと、陽菜は立ち上がる。もう、ここには用がないらしい。やっぱりどこまでも無軌道な子だ。
でも、悪い気がしないのが、不思議で。でもほんの少しだけ、引き止めたい気持ちがあった。

「ナンパ、されるかもね。」
「されるっしょ。」

断言した。潔すぎて、私は吹き出す。いや、腹を抱えて笑っていた。

「めっちゃ笑うじゃん。」
「いや……ごめん、はは。で、されたらどうする?」
「んーー、ノリで。」

そう言って、陽菜は私に背を向けると、手でバイバイして行ってしまった。 スマフォで時間を確認する。あっという間に、20分経っていた。

「ぴったとか……超能力者か?」

私は笑っていた。もう一度、空を見上げる。
どこまでも青い空。憎らしいほど、青い空。 あの日みたいな、夏の色。
それでも、謎にセンチメンタルになっていた気持ちはどこかに消えていた。

「夏も、悪くないよ、きっと。」

つぶやいた言葉は、どこか空っぽで、意味をなしていなかった。
言ってみたらその気になれるかと思ったけれど、まだそうはいかないみたい。
夏も悪くないと思える日が、本当に来るのかはわからない。 私は、ちょっとだけ、業が深いから。
だから陽菜みたいに、もう少しだけあっけらかんと生きたい。あっけらかん、なんて言ったら、陽菜に失礼かな、ごめん。

「そういえば陽菜って名前なのに、暑いの嫌いなのか、あの子。ウケる」

みうは、もうすぐに来るだろう。 
それまで、この空をもう少しだけ眺めていよう。
夏は嫌いだ。でも、この青は、嫌いになれないから。


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