あおいはる。~初夏のノスタルジー~「序章」

すっかり溶けたアイスを舐めながら、ぼーっと空を見上げている。 
思えば昔から、よくこうやって空を見上げていた。

なんとなく、中学校時代を思い出していた。
私は、走り高跳びの選手で、そこそこ成績は良いほうだった。
身長はあの頃からほとんど伸びていなくて、ほんの一部分を除いて今と体型はあまり変わっていない。
練習は、あんまり好きではなかったけど、休んだことは一度もなかった。
別の高校に行った中学時代の親友のお陰でもあったけど、 本当の理由は別にあった。

いつもうまく飛べないときに限って、目に飛び込んでくる空はものすごく青かった。 そう、今日みたいに。

陸上は、去年辞めた。
惰性で入ってみたけれど、もうすでに続ける理由はなかったし、男子の目がうざかったから。
だからこうして、空を見上げることは少なくなっていた。

いまさら中学時代を思い出すなんて、一体何どうしてなんだろう。
きっと、久しぶりに見上げた空のせいな気がした。
私は負けず嫌いだったし、プライドも高い方で。結構ツンケンしていたけれど、空の下では嘘がつけなかった。
 
県大会で負けたあの日だって、今日みたいな青空で。
私は、どうしようもなく悔しくて泣いていた。
期待に答えられなかったとか、そんなことじゃなくて。
 あの人の前で、優勝したかったから。褒めてほしかったから。

今では、そんな可愛げの欠片もなくなった私。 ちょっと、笑えてしまう。
重力に耐えられなくなったアイスが、指を伝って、セーラーに 落ちた。スカートじゃなくて、セーラーに。 

あの頃から私は随分変わった。特に、胸のサイズが。
顔はいいのに、ってよく陰で言われていたのを知っている。
でも今は、彼らが足りないと思っていた部分は十分すぎるほど成長した。ざまぁみろ。
中学時代の親友は、無敵じゃん、と褒めてくれた。 実際、無敵だった。
私がなんとかしようと思ったら、大体なんとかなったから。

お陰様で、随分可愛げがなくなった。
青空の下で号泣していた私は、どこへ行ったのやら。

ずっと、あの頃の私は、もうどこかに消えてしまったんだと思っていた。
でもこうして空を見ていると、やっぱり嘘はつけない気がした。

私は、肝心なことから目をそらして生きているのかもしれない。
あの時から、ずっとずっと。

このままでいいのかなんて、わからない。
踏み外してしまってるような気もするし、今が楽しければいい気もする。
まだ私は若くて、将来のことも考えるけれど、そんなに真剣になれないし、一番若くて楽しいこの時期を、難しいことや大変なことに費やしてる場合じゃないとも思う。

一言でいえば、どうでもいいや、なんだ。

どうでもいい。大抵のことはどうでも。
だって、日々うまく行っているから。別に躓いたりしないから。してないはずだから。
楽しくて、笑っていられて、ドキドキだってできて。
何が悪いんだろう。何も悪くない。なんの文句も言わせない。

いつもなら、そうやって、言い切れるのに。どうして、今日はできないんだろう。

どうして、なんて言ってみても無駄で。
さっきから何度も言っているけれど、答えはわかっている。

全部、この空の青さのせい。

あの日みたいに真っ青な、夏の空のせい。
まだ始まったばかりのくせに、私の心を吸い込んで離さない。
夏はいつもそうだ。私に期待と、絶望を連れてくる。

待っている親友は、まだ来ない。
待たされているわけじゃない、あの子は律儀だから、 待ち合わせに遅れたりしない。 私が、早く来すぎただけなんだ。
早く来すぎて、暇つぶしにアイスを買って、なんとなく空を見上げたら、迷子になってしまっただけ。

 いつもそうだ。 計算高いとか言われるくせに。
肝心なときだけ、やらかすんだから、私は。 

重力に耐えられなくて、頬を汗が流れ落ちていく。 汗が、流れ落ちていく。
アイスでベトベトになった手を舐める。 甘辛くて、余計なことを思い出した。

可愛くなくなってしまった私。
でも夏の空は私に言う。
本当は、何も変わってないのに。
変わったふりを、しているだけなのに。

夏なんて、大嫌いだ。
あの日の私の可愛げも。あの日の私の切なさも。

全部、溶けて消えてしまえ。

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