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Stones alive complex (Boulder Opal)


「聞こ・・・えますか・・・平将門さん。聞こえます・・・か?・・・こちらは亜火ノ聖命で・・・す。 今・・・ あなたの・・・心に・・・あなたの夢の中へ・・・土足でお邪魔して・・・直接・・・呼びかけています・・・。寝腐れている場合では・・・ありません・・・」

自分の白日夢の中へ「インセプション」ぽく現れたその男を、平将門はぼんやり見つめた。

「あび・・・の・・・せいめ・・・い・・・?」

「はー・・・い・・・。聖命ちゃん・・・なのですよ」

「・・・」

にこやかな聖命の顔が、将門の視界いっぱいにどアップで迫ってきた。

「あーっ!!
貴様はっ!聖命!
性懲りも無くまた来たのかっ!」

「はー・・・い!改めま・・・して。
お・・・久しぶりで・・・す!」

「しつっこいなっ!
もうワシは帝都に怨念など持ってはおらんと、何度も言うておるだろ!あんな昔の雑事など、もはや忘れておるのだっ!」

「それ・・・では困・・・ります。
そなたの底知れ・・・ぬ怨念で駆・・・動しているこの帝都結界な・・・のですから。
その怨念パワーを・・・ゆめゆめ衰えさせ・・・てはならない・・・のです・・・よん」

「ぶつ切りでしゃべるな!わざとらしいっ!
毎度毎度、時代の節目ごとにしゃしゃり出てきては、
ワシがせっかく忘れようとしてる黒歴史を蒸し返しおってっ!」

平将門の潜在意識が聖命の介入を拒絶した。

「あー・・・っ!
逃げ・・・んな・・・ごらぁーっ・・・・・・!」

聖命のビジョンと罵声は、かき消えてゆく。
心の逃避反応により、将門が観ている夢の場面が切り替わった。

―――

そんな縄文文明成熟期の、ある日のこと。

ワカ姫姉ちゃんのところへ弟アマテルからのお使いとして、アチヒコという若者がやって来た。

その殿方に会ったとたん。
ワカ姫の頭上へ、可愛らしい天使がふわっと舞い降りてきた。
持ってきたバットを大きく構え、ワカ姫の後頭部をフルスイングで猛打した。ワカ姫は脳みそが揺れて、膝から崩れ落ちそうになる。
要するにワカ姫が、アチヒコに一目惚れした描写である。

速攻でその後頭部のズキズキを和歌にして詠み、短冊に書き込む。それをワカ姫は、衝動的にアチヒコへと手渡した。

はん?

アチヒコはそれを手に取り読む。
短冊にしたためられていたワカ姫の歌は、大胆かつ衝撃的な内容だった。

キシイ(紀州)こそ
妻を身際(みぎわ)に琴の音の
床(とこ)に我君(わぎみ)を
待つぞ恋(こい)しき

歌意。
『あんたすぐ紀州へ引っ越してこい!
私はあんたの妻になって、いつもぺっちょり身体にくっつき琴を奏いてやるで。
じゃ。布団にくるまり、ずっと身悶えしつつ待っとるからな!
ぜってー来いよ!』

この和歌を読んだアチヒコは、
「ア、アンビリーバボー!」
突然の逆ナンにたじろぎ、何とか返歌せねばと思えば思うほどテンパったのである。

さて。
この時代のナンパには、鉄の掟があった。
もしラブレターを貰ったなら、そのお返事は(お断りならば、なおさらに)貰った和歌よりも優れた和歌を返さねば、相手に対して無礼千万となってしまうのだ。いわば文学バトルなのであった。
しかも、なんと対戦相手のワカ姫は、時の最高権威者アマテル大神の実姉である。身分の差がありすぎ恐れ多すぎいきなりすぎ。

意識がブラックアウトしてきたアチヒコは、言葉に詰まり、

「ち、ちょっと、この案件は持ち帰らせていただきます。
じ、上司と誠心誠意検討いたしまして、なる早でお返事をいたしますゆえ!」

と言うがいなや、その場を何とか取りつくろって持ち帰った。

宮中では、家臣たちが集められ緊急対策会議が開かれた。
一部始終をアチヒコから聞いた上司カナサキ(住吉神)は、静かに見解を述べ始めた。

「あははっ。
これは、百ぱー無理な案件やな。
あははっ!」

アチヒコは、目の前がホワイトアウトし。

「む、無理って、どういうことですか?」

「ええか、この歌はな。
回文になっとるんや」

「か、怪文?
怪文書?
こ、恐い」

「ちゃうわ!
回文や。
上からでも下からでも読めるようになっとるんや」

「あ!
ほ、ほんまや!」

集まった家臣たちは、シンクロして腕組みしうつむいた。

「こんな呪文じみた高度な仕掛けの和歌を超える返歌なんか、時代考証が違うけど小野小町でも紀貫之でも作りきれんわ。さすが和歌の達人ワカ姫様と言わざるおえん」

「て、い、いうことは僕は・・・?」

「君が受けたこのワカ姫様からの求婚は、回避不可能決定事項っちゅうこっちゃ・・・」

「はぁー。
ア、アンビリーバボー・・・」

その時。
ひとりの家臣が勢いよく手を挙げた。

「お待ちください!
わたくしが返歌を作りましたー!」

アチヒコと家臣たちが、おおー!と唸る。
つと、その男は立ち上がり咳払いをして、返歌を披露した。

「世の中ね顔かお金かなのよ。
来てもよい頃だろ来いよモテ期!」

「ぜんぜんあかんやん!
和歌にもなっとらんし!
ただの面白い回文やないか!
誰ぞ、お前は?」

「はーい!
またもや、わたくし、亜火ノ聖命でぇーす!」

―――

「ぐぬぬ。
聖命め、しつこい・・・」

平将門はうなされながら、わき腹を掻く。

史実によれば。
アチヒコとワカ姫は、そのまんま不可避で結婚することになったそうな。

(おわり)

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