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Stones alive complex (Cantera Opal)

剣の山は、ミストシャワーじみた水蒸気の雲海に包まれようとしている。
それと混ざりあうかに、ミストシャワーと同じ透明度の酒呑童子は、頂きにすっくと立つ。
雲海の気化熱に程よく火照った体を冷やされ、亜火ノ聖命は己に活気が戻ってくるのを感じた。
ところで彼は、平安時代の延喜21年 (992年)生まれ。

「やれやれ。
千と三十歳にもなれば膝より先に、腰にきちゃうのだ・・・」

腰に手を当て、海老ぞりストレッチを始める聖命。

「あの・・・聖命様・・・」

問答の相手にはまるっきし使えぬ童子から、
清姫は聖命へと雑談相手を完全にシフトしたようだ。

「レインボー通貨って、
なんですのん?」

全力の海老ぞりをしたまんまで聖命は、背後の清姫を逆さに見て。

「一万円札の原価は、約22円と言われている」

白く舞う水煙は、厚みのある帯のところが水墨画の濃いにじみとなり。まばらなグレーの連なりは、空想の生き物のごとくのたうち、聖命へまとわりつく。

「されどな。
信用という幻想がその価値を裏打ちし、通貨として通用させてきたのさね」

清姫はその解説を飲み込みきれず、
消化不良の顔つきを傾けた。
空想の生き物を撫でる手つきで聖命は、手のひらを山の頂上の地面へ振る。

「ここは、幻想の世よ」

まとわりつく生き物はひそやかな山風に命を与えられ、聖命を螺旋にゆるく覆う。

「たとえ正体が幻想だとしても、
ここが現実だと思っていれば。
それが裏打ちとなり、その者には確かな現実となる」

懐くように。拗ねたように。何かをねだるように。
光の透過率で生まれた儚き生き物は、四足になったり、人型になったり、ヘビ状になったりと、様々に姿を変える。

「ここでの重要な論点は。
思いに裏打ちされ現実だと思っているこの世は、思う人それぞれの認識の数だけ、何種類もの現実が並行して生きているという事だ」

気まぐれに山風が一瞬だけ強く吹く。
それが雲海を突き抜けたおかげで、煙の生き物はかき消えた。

(おわり)

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