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正直

 のんべんだらりとした生活を送っている。ふとそう思った。のんべんだらり、いい響きだ。だらり、だけでなく、のんべんしている。のんべんとはなにか。そこまでは考え至らないのが惜しいところであり、そこまで深く考えないのが、最もいいところでもある。

 正直まさなおはそういう男である。
 そもそもなぜ正直がのんべんだらりをしているのかと言えば、流行病はやりやまいのせいであった。同居しているじいが罹患したのだ。
 爺は発熱して、ごほごほと絡んだ咳をしたが、よく食べ、よく眠り、尻を掻き、信じられない位大きな音でくしゃみをした。まあ言ってみれば、ほとんどいつも通りに過ごしている。
 それでも爺のせいというかおかげさまで、正直は学校を休んでいる。
 正直自身も、特段変わりはなく、発熱もなければ、咳のひとつもない。それでも登校することを学校の方から断ってくるのだから、ああそうですか、わかりました、その通りにいたしましょう、と欠席を承知したのだ。
 その生活がのんべんだらりなのだ。リモート授業など、やる気の無い様子の当校は、欠席期間中の課題もない。そうつまり、フリータイム。起きてから眠るまで、自由時間。己のための己の時間なのだった。

 ただ残念なことに、制約はある。家族の存在だ。正直は、爺と二人で暮らしているわけでは無い。爺のほかに、父、母、ばあ、妹なんかもいる。二階建ての一軒家に住んでいるとは言え、六人が一日中そのなかで暮らすとなれば、ぎゅうぎゅうで、みちみちで、ぱんぱんだ。とにかくわずらわしい。
 しかも爺と婆の二人の和室に、爺が隔離されているのだから、必然的に婆が居間にいる。婆が居間で寝る。居間にはいつも婆。
 正直まさなおの家は、居間、じいばあの和室、両親の部屋以外にはテレビがない。正直と妹はひとつの娯楽を奪われている。婆に頼み込めば、居間のテレビのチャンネル権を与えられるが、トイレなどで離席すると、あっという間に婆や妹に奪われる。もはや死活問題となり、妹と結託してチャンネル権を確保した。
 それでもうっかり手元のスマートフォンに目を落とすようなことがあれば、渋い時代劇か、夜中の探偵番組の再放送、とにかく健康を押し出した通販番組へと切り替わる。
 探偵番組などはつい見入ってしまうことがあり、綿密に録画計画を立てる他ないという所まできた。

 それでも自室のある正直には、一応の自由がある。寝転んで漫画を読みふけるも良し。復帰して万が一誘われるかもしれないからと、カラオケで歌う曲を練習するも良し。ひたすら寝ても良し。まさに自由は自室にある。
 妹の部屋との仕切りが襖なことが、惜しいところであるが、正直よりも本気でそれを嫌がっている妹が、有り余る時間を使ってあらゆる隙間に段ボールを切って詰めた。もう二度と開かれることのない襖に成り果てたが、少しの防音効果を感じている。
 けれど妹が、かなり恥ずかしい言葉を吐いてくる乙女ゲームをしているのは筒抜けだった。ましてや妹は、そのゲームを楽しんでいることを、誰にも秘密にできていると信じている。正直は知らんふりをして、妹の面目を立てている。意外にも、正直にはそういう振る舞いができるのだ。

 公式の休日の後半を、正直まさなおはたいていを自室で過ごした。兎にも角にも、のんべんだらりしたいがために。敷きっぱなしの布団の上にごろりと寝転んで、天井にぶら下がった和風の囲いのついた蛍光灯を眺めて過ごした。膝を立てたり、横を向いたりはしたが、布団の上で特に何もせず、気がつくと眠っていたりした。
 布団と体の境がわからなくなってくる頃に、階下からごはんとかお風呂とか声が掛かり、その度に正直は自分の体を取り戻した。
 ああ今日も、のんべんだらりをした。そう思って、床につく。夜は敷き布団と掛け布団の間に挟まる。
 明日はいよいよ登校する日となり、家族の誰もが、明日からの日常に深いため息を落としたが、正直は違った。明日を楽しむ気持ちでいる。安定した現状を手放すことに、躊躇がない。大胆であり、あまり深く考えていない。それが正直である。

(了)

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