夏彦の影法師 手帳50冊の置土産 山本伊吾 新潮文庫

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新刊文庫ではない、というか新刊書店では入手できないであろう一冊なのだけれど、最近読んだ文庫から、ジャンルや版元が被らない文庫本と考えていたら、この一冊が残ったので、今週はこちらを。

活字化された誰かの日記を読むのは、昔から、好きな方だったと思う。坪内さんと出会ってから、さらに日記読みの面白さを教えてもらった。そこから派生して、手帳本やWebで公開されている他人様の手帳をみるのも好きになった。

随分以前のことだからさだかではないけれど、この『夏彦の影法師 手帳50冊の置土産』の冒頭の次の一文が購入の決め手になったような気がする。

父は常々、こんなことを書いてもいたし、言ってもいた。
「人の一生はせいぜい手帖五十冊で、それは高く積んでも一メートル、平らに並べても一坪にならない」
その言葉通り、父は昭和二十八年(’53年)から亡くなる平成十四年(’02年)まで、ちょうど半世紀分の手帳を残していた。お気に入りは文藝手帖で、その一日一日に、天眼鏡で拡大しても判読がむずかしいほどの、細かな文字を書き込んでいた。それも万年筆で。
仕事のこと、友人のこと、身辺雑事が記されたこの五十冊の手帳の中に、ひっきりなしに書かれているのが健康のことだ。

ずっと積ん読していたこの本を読もうと思い立ったのは、『同時代も歴史である 一九七九年問題』の「山本夏彦の『ホルモン、ホルモン』」を読んだからだ。
とはいえ、坪内さんがなぜ、「一久七九年問題」に山本夏彦を取り上げたのか、というのはいまだに理解できていないのだけれど。
坪内さんは

『夏彦の影法師』の一番の読み所は「第九章 恋に似たもの」である。

と書いている。
山本夏彦から遠ざかっていた私は、それ以前の章のあちこちに寄り道をした。
例えば。

電話の普及は日記を書く習慣を失わせた。
日記は今日一日をふりかえって、いくら近くても『過去』を書くものである。まず思いだして取捨する、按配する。怒りに任せて書いたものはあくる日読むにたえない。電話は己が姿を見る機会を失わせる。 
平成五年に亡くなった演劇評論家の戸板康二さんは、父と同じ大正四年生まれ。”四年会”と称し、今はすでにないが四谷の「エフ」という店でよく一緒に飲んだ仲だ。

戸板康二と同い年だったのか!しかも、四谷の「エフ」でよく一緒に飲んだ仲だったとは…。

父は、「室内」の新人には必ず清水さんの『私の文章作法』という本を読ませたそうだ。「実にきれいな東京弁」だと、東京生れ、東京育ちの父は、再三コラムに書いている
清水さんが士族の家に生まれたことや、子供の頃に寄席が好きだったこと、関東大震災の話などに及んでから、すごく盛り上がって、最後のほうは、お二人とも楽しそうでした。

こうした寄り道を重ねた末に「第九章 恋に似たもの」にたどり着いた。
こんなことをいうと坪内さんに怒られるかもしれないけれど、立原正秋の小説みたいだな、と思った。
立原正秋は、こんなプラトニックな関係は描かなかったけれど、山本夏彦が何人かの女性にあてて認めた「恋文」を読んでいると、そんなことを思ったのだ。
後から、付箋を貼った箇所を読み返していたら、

昭和五十五年八月十三日<立原正秋ガンで死す、五十三歳?>

という記述を見つけた。山本夏彦と立原正秋の関係はわからないけれど、ガンでなくなったからなのか、それ以外に何か思うところがあったのか?

文庫版解説を担当した作家の勝目梓氏は

ここでは父親を偲ぶ著者の私情は、ほんの添え物程度に扱われているのです。本書の中で前面に立って語りつづけているのは著者ではなくて”夏彦の影法師”自身です。

と指摘している。これは、山本伊吾が夏彦の息子であると同時に、雑誌編集者、しかも週刊誌一筋に三十余年を送ってきたからではないか、と書いている。

また、坪内さんは『同時代も歴史である 一九七九年問題』の「山本夏彦の『ホルモン、ホルモン』」の最後に

作家や文筆家の普通の息子であったら、父を一面的に美化しようとするあまり、いっけんスキャンダラスにとらえられかねない部分は省略してしまうだろう。つまり一つの選択をはたらかせてしまうだろう。しかし山本伊吾はそのような修正を加えない。だからこそ『夏彦の影法師』は作品として自立している。

と書いていた。

あとがきを読むと、伊吾さんがこの本を出版する気持ちになったのは、

手帳の中に、私の全く知らない父が居たからである。
それだけではない。父が最後まで語ることのなかった、二度の自殺未遂。
そして、もうひとつ私を驚かせたのが「恋文」である。父は恋文でさえ推敲に推敲を重ね、その下書きをしっかりと保存していた。
それは世にでることを想定して父は書いていたのだ、と私は思う。未完に終った「男女の仲」で、本来なら、この「恋文」は存分に活かされたのではあるまいか。


息子であることよりも、編集者であることを選んだ”山本伊吾”が山本夏彦の言い遺したことを1冊の本としてまとめたということに、敬意を表したい。そして、山本夏彦という作家の姿を余すところなく見せてくださって、ありがとうございますと。

最後に。
手帳好きとしては「天眼鏡で拡大しても判読がむずかしいほどの、細かな文字を書き込んでいた。それも万年筆で。」という山本夏彦の手帳を、見てみたい!のだけれど…

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