Reality:取るに足らない悲しみ

私がマジカル光彦という名前に成ってからだいぶ経ったな、と感じるようになってきた。
長いインターネット生活の中では失う人間関係の方が多いのが現実で、この名前になってからの知り合いも山ほど姿を消している。少し暇なので、その中でもとりわけ印象に残っているケイさん(仮称)の話でも聞いてくれ。

ケイさんとはいわゆる"ビギナー漁り"をやっていた時に出会った。
ビギナー漁りは頭をからっぽにしたい時に恐ろしいほど効果を発揮する。関わる人間全て初対面な状況では会話は恐ろしいほど上っ面ばかりのユルい会話になるからだ。たしかケイさんともそうやってうわべばかりの会話で仲良くなったと思う。

彼女は歌に自信がある方で、しょっちゅう歌枠をやっていた。私は(皆さんご存知の通り)人の歌声にはいささかトラウマを抱えているので初めの頃は枠を見るのに少し苦労していたはずだ。
当時、私なりに編み出した苦手克服の方法は歌声よりもっと音楽のロジカルな部分に意識を置くことだった。シンプルに楽しむより分析を試みることで少しでもトラウマを無くしてやろうという魂胆だった。
その試みはおおむね成功し、私は少しだけ歌への興味を取り戻すことになった。そしてろくに現代の歌を知らない私は気に入ったものがあればケイさんに「それは何?」と聞いてはAmazonミュージックのリストに入れるようになったのだった。

相手からしても微妙な聞き手だっただろう、歌声はほどほどにしか褒めず、まれに曲の名前ばかり聞いてくる変なやつだったに違いない。
まぁ、向こうからなんと思われようと私には関係ない。ありがたく私の知見を広げるカテにさせてもらうだけだった。

縁が切れたのは唐突だった。
ケイさんはTwitterでかなり強めのセクハラを受けたことを告げ、心を守るためにログアウトすると言い残して姿を消した。そして二度と私の目の前に戻ってくることは無かった。
当然私は無関係だから何も知らない。嫌なことがあれば辞めれば良い。その判断がきっちり効くのはなんと心強い。
もしかしたらアカウントを作り直してどこかで今も元気にやってるかもしれない。元はInstagramで弾き語りをしていたというからそちらに戻ったかもしれない。まれに作り直した時に仲良い人だけには声をかけてそちらに連れていくという話を聞いたことがあるが、私にはそういうのは来なかった。もしそうなら残念だが仕方ない。あまり執着も無い。

ただ、今もAmazonミュージックのリストを開けば教えてくれた曲が残っている。
タイトルを見る度に脳裏にケイさんがよぎる。私のミスだ。何か形に残るものを残しておくんじゃなかった。リストからサッと消すのも他の場所に移しておくことも何だかためらわれる。だって執着が無いとはいえ、少し寂しいじゃないか。

今日もリストを開けばそこにある。"ケイさんの曲"がそこにある。確かにそこにあった縁が弱々しく残っている。それだけでも十分立派な事かもしれない。
やっぱ嘘。本当は私に見えるとこで元気にやってて欲しかった。

そういう取るに足らない悲しみが、少しだけ私を苦しめている。

解決策は、見当たりそうにない。

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