見出し画像

【ロシアのイノベーション拠点】ロシアのシリコンバレー: スコルコヴォに見るロシアの経済・産業政策とその課題についての考察

ロシアのイノベーションの拠点でもあるスコルコヴォ。しかしながらこのスコルコヴォ構想はしばしばロシアの政治・経済の評論家の批判の的になることがあります。このスコルコヴォ構想への批判を見ているとロシアが抱える経済・産業の課題が見える部分があります。

そこでスコルコヴォ構想からロシアが抱える経済・産業の課題をひも解いてみましょう。

(今回のnoteでは木村汎先生の「メドヴェージェフvsプーチン」を大いに参考にさせていただきました。)

1. メドヴェージェフの肝いり政策 -欧米型近代化の意識

画像1

2008年にプーチン氏から大統領のバトンを引き継いだメドヴェージェフ大統領(当時)は、2009年に「Россия, вперёд!(ロシアよ、前進せよ!)」と銘打った論文を発表し、国家としてのロシアが世界に後れを取っていることを指摘しました。

Мировой экономический кризис показал: дела наши обстоят далеко не самым лучшим образом. Двадцать лет бурных преобразований так и не избавили нашу страну от унизительной сырьевой зависимости. Наша теперешняя экономика переняла у советской самый тяжёлый порок – она в значительной степени игнорирует потребности человека. Отечественный бизнес за малым исключением не изобретает, не создаёт нужные людям вещи и технологии. Торгует тем, что сделано не им, – сырьём либо импортными товарами. Готовые же изделия, произведённые в России, в основной массе пока отличаются крайне невысокой конкурентоспособностью.
世界的な経済危機は、我々が望ましい姿に、少しもいないことを明らかにした。20年間の急速な改革は、わが国を屈辱的な原材料依存から救い出さなかった。我々の現在の経済は、人々の需要を無視するという、ソ連の最も苦々しい悪習を模倣していた。細かい例外を除いて、偉大なるビジネスは人々に必要とされるような「モノ」や「技術」を発明したり創出したりしていない。今売買されているのはそのようなものではなく、もっぱら原材料か輸入品なのである。ロシアで製造された完成品(Готовые изделия)は、全体として依然非常に低い競争力しか持っていない。

この発言自体、2000年代のプーチン体制を批判するような内容ととることも出来て興味深いのですが、先に行きます。

この後れを解消すべくメドヴェージェフ大統領が挙げた5つの注力すべき分野が、
・エネルギー技術
・原子力開発技術
・情報技術
・通信・宇宙開発技術
・生物医学技術

でした。

この注力すべき5つの分野の成長戦略については、2009年11月12日の一般教書演説で丁寧に述べられています。

そしてこの演説では、5つの分野への力の入れ方として「研究開発センター構想(後のスコルコヴォ構想)」が掲げられました。面白いことに、この研究開発センター構想のモデルケースとして真っ先に挙げられたのがアメリカのシリコンバレーでした。

画像2

Наконец, надо завершить разработку предложений по созданию в России мощного центра исследований и разработок, который был бы сфокусирован на поддержку всех приоритетных направлений, именно всех направлений. Речь идёт о создании современного технологического центра, если хотите, по примеру Силиконовой долины и других подобных зарубежных центров.
つまるところ、全てにおいて優先して、そうまさに全てを捧げる形で、支援を集中させる研究開発支援センターをロシアに建設することで、開発を完了させる必要がある。必要に応じてシリコンバレー(Силиконовая долина)やその他の類似の事例をモデルとした、現代的な技術センターを設立することが重要だ。

この言葉の通り、メドヴェージェフ大統領と大統領府はシリコンバレーを非常に意識してスコルコヴォ構想を練り上げました。実際メドヴェージェフ大統領が2010年に初めて訪米した際に、オバマ大統領と会談するより先にシリコンバレーに向かいました。

このシリコンバレーをモデルとした研究開発支援センターの設立は、優秀なアメリカ人実業家と研究者2名を招聘することから始まりました。
招聘されたのは、クレイグ・バーレット元インテル社会長とロジャー・コーンバーグスタンフォード大学医学部教授という「超」が付くエリート2名です。
彼らが、スコルコヴォ財団総裁のヴェクセリベルク氏(ロシア人)らとともに、スコルコヴォ構想の実現に向けて歩みだしたわけです。(写真は左がクレイグ・バーレット氏、右がロジャー・コーンバーグ氏)

キャプチャ

まさにロシアが名実ともにアメリカ・シリコンバレーをモデルにスコルコヴォを設立しようと奮闘したことが分かると思います。

2. スコルコヴォ構想から読み解けるロシア政治・産業の課題

2-1. 外国崇拝・自国軽視姿勢

ロシア人の力だけではシリコンバレーに匹敵する技術開発支援センターを作り切れないと考えたメドヴェージェフ大統領は、スコルコヴォに外国の企業・実業家・研究者を誘致する施策を講じました。

<スコルコヴォの優遇例>
●税制面
・利益勢の免除
・付加価値税の免除
・企業資産税の免除
・保険率の一部引き下げ   等
●資金調達面
・ステージ(4つ)に応じた資金調達の支援(最大3億ルーブル、約5億円強)
・共同融資(co-financing)の支援 等
(紹介ページ: http://sk.ru/net/participants/p/benefits.aspx)

その結果スコルコヴォには多くの非ロシア系企業が入居することとなりました。
スコルコヴォには日々新しいスタートアップが入居しており正確な数字は分かりませんが、入居企業を一通り見ただけでも40%くらいは非ロシア企業だと分かります。(↓企業リスト)

画像4

この様子を内外の政治・経済評論家は批判しています。彼らの主張によればロシアには「外国崇拝・自国軽視」の傾向があるというのです。

「ロシアは、みずからが苦しんで先進的な科学技術を発明したり開発したりしなくとも、[…]それを欧米諸国から導入し、模倣しさえすればよいからだ。」といった「拝借の思想」がロシアにはびこっており、その典型例がスコルコヴォであるとのこと。

その上で、「彼ら(=ロシア)は外国、特に欧米の企業・技術を欲しがり、肝心のロシア生え抜きの企業・技術にはあまり大事にしない傾向がある」と語っています。「その結果ロシアはいつまでたっても真の近代化を迎えることができない」というのです。

画像5

この主張には私も概ね賛成です。

先にメドヴェージェフ大統領の演説をご紹介しましたが、ロシアがなかなか脱せていない原材料依存体制から、このままでは結局抜け出せないのではないでしょうか?


確かにこのままスコルコヴォに外国の企業の誘致を続けていれば、それなりの先端技術がスコルコヴォから誕生するのは間違い無いでしょう。しかしながらその技術はロシアに帰属するのではなく、外国の企業に帰属します。

そのため外国企業の技術開発の「原材料」とも言える「外的環境」を輸出して、「税金」という名の「代金」をもらうだけの仕組みになってしまいかねません。これでは肝心の「近代化」にはつながらないでしょう。

画像6

ただ忘れていけないのは、スコルコヴォが今立ち上がりのフェーズにあるということです。

もし外国の企業をここまで誘致できていなければ、スコルコヴォ構想そのものが成り立ちません。メドヴェージェフ大統領が目指したレベルの技術開発支援センターに入居するための基準をロシアの企業が次々にクリアするのは現実的ではありません。

今の状態を立ち上がりのフェーズにおける暫定状態、守破離の「守」と見るのならば、私は健全な状態であると言えます。

寧ろ大切なのはスコルコヴォ構想が完成する2020年から後の身の振り方です。
このまま外国の企業のみを優遇する姿勢が続けば、多くの評論家が予想する暗い未来が待っているでしょう。

2-2. エリート主義

また彼らはロシアの「エリート主義」思想も批判しています。
先に述べたスコルコヴォの優遇も、またロシア全体の優遇も、対象は「世界中からかき集めた超エリート」です。木村汎先生はこの様子を以下のように述べています。

このような態度の背後には、スターリン流の「幹部がすべてを決定する」を想起させる選良重視、裏返していえば大衆蔑視の思想が透けてみえる。

この大衆蔑視の思想もやはり、ロシアの真の近代化を妨げるものです。というのも近代化は「技術の開発→実用化→生産・流通」のフローに沿って成し遂げられるものであって、その各工程において頭脳となる少数のエリートと、手足となる多数の中間労働者が必要になります。

現行のスコルコヴォ構想・ロシアの近代化政策には、この中間労働者を増やす施策があまりありません。木村汎先生も書内で、経済学者ウラジスラフ・イノゼムツェフの計算を取り上げてこのことを指摘しています。

近年のロシアでは[…]中間クラスのエンジニアや熟練労働者を志す若者の数が減少している[…]まず工学系エンジニアリングの学位をとる学生の数がとみに少なくなってきている。大学卒業生全体のなかで彼らが占める比率は、中国で39%、ドイツで28%であるのに対して、ロシアでは14%以下だという。熟練労働者に関してもほぼ同様の傾向が見られる。

実際ロシアでは、2010年にロシア科学アカデミー(会員数1200人、ロシア学術界のトップ機関)に充てられた予算が16億ドルだったのに対し、注力すべき5つの分野の38プロジェクトにはその16倍にあたる260億ドルが充てられました。
おそらく中間層を「育成」できるのはロシア科学アカデミーであり、その中間層を「登用」するのが5つの分野のプロジェクトだと思います。
このことからもロシアの「エリート主義」が見れるでしょう。

ロシアアカデミーの内部議論については推測の域を出ませんが、少なからず不満はあったことでしょう。

人員の視点から見れば、「近代化」の進展に備えて、ロシア国内で中間層を育成すべきところ、実際には予算を充てず「超」エリート層を呼び込む育成を後回しにするのは、イノベーションで生じた技術を次の段階に移行させる能力が下がる点で問題です。
研究開発の視点から見ても、基礎研究をやや軽視して応用研究ばかりに注力するのは、イノベーションの規模や持続性を縮めてしまう点で問題です。

画像7

3. 結びに変えて

2-1. 2-2の議論を通して感じたのはどうも今のロシアは「イノベーション」という言葉ばかりを追いかけていて、その後までもしっかり考えているようには見えないということです。もっとも「イノベーション」を貪欲に求める姿勢は一見の価値がありますが、ではイノベーションをどう扱うかイノベーションで得た知見をどう実用化させていくかどう外貨を獲得し原料依存から抜け出すかの意識低いと思っています。

しかしながらこの「近代化」という動きは1年単位で出来るものではなく、短くて10年単位で図るべきものです。今回指摘した問題は、その過程の一事象に過ぎないものであり、私自身は諸々の課題の中でも比較的改善の可能性が高いものであると思います。

後編では、ロシアの基礎に根付く問題についても見て良ければと思います。お読みいただきありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?