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イ・ヒヨン『ペイント』(小山内園子訳)

 自分が持てなかったもの、叶えられなかった夢を、子どもを通じて実現したがる人がいるのは知っていた。でも、それはあくまでその人たちの夢であり目標だ。いくらハナの親が最高の環境と最高の教育に憧れていたとしても、それはどこまでいったって母親の夢でしかない。ハナは母親とまったく別の人格で、まったく別の夢をもつ一人の人間だった。

イ・ヒヨン『ペイント』(小山内園子訳)178頁


(前略)ある子はこう言うかもしれない。悪くないですね。ペイントします。また別の誰かはこう答えるかもしれない。自分とは合わない人っぽいです。ごめんなさい。僕はあたりを見回した。
 ひょっとしたらここは、とても巨大な未来なのかもしれない。自分が選んだ色で塗っていく未来。母親や父親と、事前に顔合わせができる場所。たとえ面接がまとまらなくても関係ない。ペイントの一瞬一瞬、僕らは未来を行ったり来たりするのだから。もうすぐ新しい年になる。僕は、外の世界へ踏み出す準備にかかるだろう。十八、まだ生まれていないひょろりと背の高い赤ん坊が、大股に階段を上がっていく。

イ・ヒヨン『ペイント』(小山内園子訳)222頁


 近年「親ガチャ」という言葉が話題になっている。2021年にはユーキャン新語・流行語のトップテンに入り、同年、大辞泉の新語大賞では大賞になったほどで、インターネットを中心に広く浸透した。

 本書はそんな親ガチャが自ら引けるならば、といった内容である。南北問題が解決した未来の韓国、少子化問題を皮切りに政府が生まれた子どもをNCという施設で20歳まで面倒を見、施設で行われる3度の面接(子どもたちの間で「ペイント」と呼ばれる)と合宿を経て引き取った「親」には政府より支援金が入るという制度が確立された、そんな制度の中で暮らす少年の話だ。

 「親」と「子」の仲とはどのようにあるべきなのだろうか。子どもは親の鏡ではなく、1人の人間として存在している。しかし親子の結びつきが重要視される世の中であることも事実だ。
 NCで暮らす子どもたちは、面接をした親に点数を付ける。さて自分の親は、そして自分は親として、子どもとして、一体何点なのだろうか。そんなことを自分の親本人に聞くには忍びないけれど、「親子」という繋がりについて考えさせられる一冊となった。

イ・ヒヨン『ペイント』(小山内園子訳) 
(株式会社イースト・プレス,2021年11月)
原題:이희영『페인트』(창비,2019年4月)

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