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霧島、朝活やめたってよ

「私ね、朝活を始めたの」
 と彼女は言った。
「朝活?」
「ええ、駅前に喫茶店あるじゃない」
「うん」
「あそこでね、毎朝読書をしようと思うの」
「そう。でも何でそれを僕に言うの?」
「こういうのってさ、誰かに宣言した方がやる気になるじゃない」
「そういうもの?」
「そういうもの」

 それから毎朝、僕は会社に出勤するときに通る喫茶店で、本を読む彼女の姿を見かけるようになった。
 その喫茶店は通りに面していて、ガラス越しに彼女の姿を確認することができた。
 彼女は毎朝、同じ席で本を読んでいた。
 僕は彼女のそんな姿を見るのが日課になった。

 来る日も来る日も、彼女は本を読んでいた。
 なるほど、人に見られている方が朝活を続けられるのだなあと思った。

 ある日、彼女の姿を見ない日があった。
 どうしたんだろう? と思う。
 僕はその日、気になって仕方がなかった。

 次の日、彼女を見かけた。
 僕は思い切って喫茶店に入り、彼女の隣に座った。
「おはよう」
 と僕は彼女に声をかける。
「おはよう」
 と彼女は答える。
「昨日はいなかったんだね?」
「うん」
「ちょっと心配になって」
「私のこと、気にしてくれてたんだ」
「うん、もうさ、毎日この前の通りを通るたびに君の姿を見るのが日課になっちゃってさ、いないと寂しい」
 と言って僕はニカッと笑った。
 彼女も嬉しそうに微笑む。

「僕も朝活しようかな」
 と言ってみた。
「うん、そうしなよ」
「そうする」

 それから僕は、いつもより早く家を出て、喫茶店にゆき、彼女の隣に座った。
 本を読むつもりでいたのに、僕らはなんとなく会話をし、毎日色々な話をするようになった。

「朝活もいいけど、串カツもいいよね」
 と僕が思いついたことを言うと、彼女は「行こう、行こう」と言って大賛成をした。

 僕らは「串カツ中田」に通うようになった。
 僕らは「串カツ中田」で毎週のようにビールを飲み、串カツを食べ、会話をした。
 いつの間にか僕らは付き合うようになり、朝活をやめた。

「本当はね、朝活なんてどうでも良かったの。あなたに好きになってもらうために、そうしてたのよ。ほら、毎日私のことを見るのが習慣になったら、好きになってくれるかもしれないじゃない」
 と彼女は白状した。


 彼女が朝活をしていたことは、会社中に知れわたっていたようで、僕らのことはすっかりニュースになってしまった。

「霧島、朝活やめたってよ」


おわり。

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