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しゃべるピアノ


「このピアノ、しゃべるんだけど」
 と彼女は言った。
「そんなわけないだろう?」
 と僕は眉をひそめる。
「聞こえたんだって、今」
「本当?」
 僕はピアノに向かって耳を澄ませた。

「彼女のことが好きなんでしょう? 今すぐ告白をしなさい」
 とピアノがしゃべった。
 いや、違う。しゃべっているのは彼女だ。
「ね?」
 と言って彼女は僕に微笑みかける。
 僕はばかばかしいと思いながらも、彼女の調子に合わせた。
「本当だ」
「ね、ね、ね。ほら、もっと聞いてみてよ」
 僕はまたピアノに耳を傾ける。
「早く好きと言いなさい。好きって言っちゃいなさい」
 僕は彼女の顔を見る。
 彼女は僕の言葉を待つ。
「でもなあ、好きじゃないし」
 と僕は答えた。
 彼女の表情が驚愕なものとなった。
 それはまるで恐怖映画を観たような、驚きと恐怖、そして青ざめた表情と絶望感に満ちていた。
「うっそ〜」
 と言って僕はピアノを弾いた。
 それは愛の歌だ。

 ピアノが、僕の愛をしゃべった。

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