胃袋を掴め!
「男の人はね、胃袋を掴むのが一番なの。でもあなたには無理ね」
と親友のさゆりは亜希子に言った。
そうだ、亜希子に料理は無理だ。
絶対に無理だ。
それは断言できる。
だったら他の方法を考える。
アウトソースだ。
ウスターソースだ。
いや、それは違う。
誰かに頼めばいいのだ。
誰に?
亜希子は考える。
そして思い浮かぶ。
弟の健介だ。
健介は料理が得意で、最近小さなレストランをオープンしたのだ。
亜希子に作戦が思い浮かぶ。
「うん、これならいける」
亜希子は同僚の陽一をそのレストランへと誘った。陽一は一人暮らしで、夕食はほとんどが外食だ。そのため、食事に誘うと陽一は、簡単にオーケイをしてくれた。
第一ステップ完了。
レストランでカウンター席に座る。
カウンター越しに健介が挨拶をする。
「いつも僕の姉がお世話になっています」
健介がそう言うと、陽一は驚いて亜希子の顔を見た。
「弟の店なんです」
と言って亜希子は微笑む。
「何にしますか?」
と健介が言うと、「何がお勧めですか?」と陽一は逆に尋ねた。
「だったら僕に任せてください。適当に出しますから」
と健介が言うと、陽一は「お願いします」と答えた。
健介が出した料理は、陽一を満足させた。
第ニステップ完了。と亜希子は心の中で思った。
亜希子の思惑通り、作戦は順調だ。
陽一は健介のレストランを気に入り、毎日通うようになった。
健介は陽一の好みをすっかり把握し、毎日メニューにない料理を格安で提供した。
もう離れられない。胃袋は掴んだ。
第三ステップ完了。
亜希子はある日、偶然を装って弟のレストランへと行く。
「お隣、いいですか?」
と言って陽一の隣に座った。
「すっかりお気に入りのようですね?」
と亜希子は陽一に話しかける。
「うん、もう健介くんをお嫁さんに欲しいくらいだよ」
「あら、そういう趣味だったんですか?」
「いや、そうじゃないけど。健介くんが女性だったらいいのにね」
と言って笑う。
「だったら私と結婚すればいいじゃないですか。健介と一緒に住んで、毎日健介のお料理を食べられますよ」
陽一は少し考える素振りを見せた。亜希子はその反応に固唾をのむ。
「それは名案だな。僕と結婚してくれる?」
と陽一が言った。亜希子は飛び上がってしまいたいほど嬉しくなった。
そして気がつくと元気よく「よろこんで!」と叫んでいた。
ミッションコンプリート!
「居酒屋じゃないし、何が「よろこんで」だよ」
と健介は呟いた。
おわり。
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