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短編小説

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僕の短編小説集です。
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2022年2月の記事一覧

水曜日、ストリートにて

 水野貴美は、街頭でストリート・ライブをすることに決めた。  人前で歌いたかった。  歌うことで、自分を表現したかった。  歌うことで、自分を解放したかった。  誰も聴かなくてもいい。  ただ自分のためだけに、歌いたかった。  フォーク・ギターをハードケースから取り出して、ストラップをつけて、肩にかけた。  ハードケースは開いたままにして、目の前に置いておく。  もしかしたら誰かが投げ銭をしてくれるかもしれない。  人前に立つのは恥ずかしい。  だけども自分自身に集中

ポテト再会

 マクドナルドでハンバーガーのセットを頼む。セットのポテトはSサイズだ。  世界的なパンデミックの影響で物流が混乱し、北米からの輸入が遅れていたために、ポテトの供給が足りなくなっていた。  そのためしばらくの間、MとLサイズのポテトは販売が停止し、Sサイズのみが購入可能であった。  しかしそれが、ようやく再開された。  だけども僕は、相変わらずSサイズのポテトを頼んだのだ。  そう言えば、ポテトが足りなくなった頃と時同じくして、僕は恋人ともなかなか会えなくなっていた。  長

ブーメラン女子

 彼女は戻ってくる。  飛んでいっても戻ってくる。  彼女はブーメラン女子だ。  彼女は飛んでゆく。  新しい男を求めて飛んでゆく。  だけども見つからないと戻ってくる。  見つかっても飽きると戻ってくる。  彼女は気まぐれ。  カーマカメレオン。  僕だってお人好しじゃあない。  飛んでいった彼女を追いかけないし、戻ってくるのを待ってもいない。  彼女が飛んでいって1年になる。  僕には新しい彼女ができた。  彼女が戻ってきた。  新しい彼女と鉢合わせ。  修羅場だ

オケラ入り

「あなたの小説を読ませてもらったんだけど、これはオケラ入りね」  と僕の担当編集者である彼女は言った。 「え、何だって?」  と僕は驚く。 「だからオケラ入り」 「それってお蔵入りって言うこと?」 「そうよ。オケラ入り」 「納得行かないなあ」  と僕は不満を漏らす。 「あなたが納得行かないのはわかるけれど、オケラ入りはオケラ入りなのよ」 「いや、そうじゃなくてさ。僕の小説がどうこうもあるけど、オケラってなんだよ? それはオケラ入りじゃあなくて、お蔵入りって言いたいんだよね

月曜日、ストリートにて

 水野貴美は、街頭でストリート・ライブをしていた。  月曜日、その男は現れた。  高級なスーツを身に着けたその男は、少し離れたところに立ち、貴美の歌を聴いていた。  その姿は、ジェイ・ギャツビーのようでもあった。  男はしばらく貴美の歌を聴いた後に、満足そうに微笑むと、お金をギターケースに放り込んだ。  貴美はギターケースに入れられたお金が1万円札だったということには、そのときは気が付かなかった。  帰り際にそれに気が付き、驚いた。  次の週の月曜日、その男はまた現れた。

金曜日、ストリートにて

金曜日、ストリートにて  水野貴美は街頭で、ストリート・ライブをしていた。  金曜日の夜は、とりわけ人通りが多い。  ギターのハードケースには、次々と投げ銭が放り込まれた。  貴美は人混みの中に、ある男を見つけた。  それは、月曜日の男だった。  いつもは高級なスーツを着て現れる月曜日の男だったが、金曜日に現れたその男は、ラフな格好をしていた。そのため最初は、それが月曜日の男だとはわからなかった。そして月曜日はいつも途中で投げ銭をして帰ってゆくのだが、今日は違っていた。