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PS.ありがとう 第16話

こんな感じでいいかな。なるべく文章はすっきりおさめたかった。違和感があるとこの願いはかなわない気がした。だから内容もいたって自然になるように書いたつもりだ。

そしてその後に続けた。“PS.ありがとう”

我ながらいい出来だ。美智子さんが笑っている顔が浮かぶ。人に喜んでもらえることがこんなにいいものだと思えたのはいつぶりだろう?いや、人生このかた、思ったことはあったっけ?

便せんを折りながら、クジでもなんでもいいから野菜に恵まれますように、頭の中はキャベツ以外の野菜が顔を出す。野菜も落ち着いて買えない時代になった。最近の値上がり具合がねたましかった。

手紙は明日、晴香に持たせて優里ちゃん経由で美智子さんに渡してもらおう。

この実験が成功の保証をしてくれるような気がした。失敗しても落ち込まないようにしよう。思い込みかもしれないけど試さずにはいられない。

“かけごとは半々の確率だからやらないほうがいいぞ”

昔誰かが言ってたのを思い出した。どっちでもいいさ、そう思ったら少しは気が楽になった。背中に乗っかっていた疲れがすーっと抜けた気がした。

今日もいいよね、最近は勝手に判断するようになった、悪い癖がついてきたのかもしれない。ラップをかけた肉じゃがをテーブルに置いた。寝室に向かいながら、あなたのせいでもあるのよ、と祐輔を呪わずにはいられなかった。

太陽のさわやかな香りをまとったシーツに身を投げると、あっという間に眠りに落ちていた。

「美羽ちゃんママ、ちょっとええ?」

保育園に美羽を迎えに行くとすぐにレイナちゃんママが寄ってきた。いつも以上に深刻な表情に周りが暗くなった気がした。心拍数が上がる。

「ええけど、ちょっと外で話そか」

たぶん祐輔のことだろうから、周りの人に聞かれたくない。

レイナちゃん親子と、美羽、自分の4人で公園まで歩いた。こんな時に子供はいいなと思う。事情を知らない美羽とレイナちゃんは久しぶりに会った友達のようにはしゃいでいる。素直に喜べるのがどんなにいいことか。

これから暗い話をされるのだろうけど、なんとなく心が浮かれるのはどうなんだろう。素直には喜んでいいのだろうか。複雑な気持ちで公園のベンチに腰掛けた。

「砂場とブランコからは遠くに行ったらだめだからね」

「わかってるって、どうせママたちの用事なんだから、遠くにはいかないよ」

5歳なのに最近いっぱしの大人みたいなことを言うようになった。誰の影響なんだろう。

「あのな、美羽ちゃんママ、私聞いたんよ」

レイナちゃんママが靴のかかとで足元の砂に円を描いている。

「何をきいたん?祐輔さんのこと?」

「そう。おとといな、また、この前の女の人とお店に来たんや。祐輔さん。また楽しそうに盛り上がってたで。でもなあ、その日はとても忙しくてな、私もあんまり近くに行けなくてな。でも食後にお皿とかを下げにいったときにな、また会う約束してたんよ、びっくりして皿を落としそうになったけど、なんとか耐えたわ」

レイナちゃんママはかなり深刻そうだが、瑤子の心は少し趣が違ってる。これで東京に行けるかも、絶対しっぽをつかんでやるわ。東京がかなり近くなった。レイナちゃんママには悪いが心の雲が晴れた気がした。最近は夫の失態を見るのが癖になっていた。いやな妻だとは思うがしかたがない、あなたのせいよ。そう言いながら夫の顔を思い出していた。

「そうなん、いつ?わかれば私も行くわ」

「今度の金曜日や、この店に7時にくる話をしてた」

現場を押さえることで100パーセントこちらのペースになる。

「わかった、私は7時ちょっとすぎていくから、近くの席に案内してくれるかな」

「子供たちはええの?」

「大丈夫、晴香が面倒見てくれるようになったから、その時間やったら大丈夫や」

「あとな、前にも言ったけど絶対別れん方がいいよ、私は旦那と別れてな、本当に後悔しかないからな。これは私が寂しいとかじゃないんよ。2人の都合で片親になってしまった子供達が一番不幸や」

体中から切なさが漂っている。

「わかってるって、この前も言ったやろ。私は東京に行きたいだけ。祐輔さんとは、祐輔さんが例え浮気をしていたとしても別れようとは思わんよ。その分自由にさせてもらうわ」

自分がどういう人間なんだろうと思いながらそんなことを言った。果たして私は耐えられるのだろうか、旦那の不倫現場を見て。もちろんその場で修羅場を演じるつもりはない。

私は東京に行きたいだけだ。夫の不倫を理由に東京行きの承諾を得る。でも行けたとしてどうなるのか。別れるつもりはない。毎日また祐輔とは顔を合わせるのだ。ふと現実を見た気がした。不倫現場を押さえて祐輔が謝罪して反省したとして。祐輔はまたその女に会わないことを信じられるのだろうか。

今まではずっと信じてきた、いや、本当は今も信じているはずだ。祐輔は女と時間を潰すくらいなら仕事をしていたいタイプだと思っている。でも東京には行きたい。何かの間違いかもしれないが不倫であってくれと、心のどこかで思っている。東京に行きたいだけなのか?自分の本当の気持ちはどこにあるのか。

難しいなあ、人生って。そんなことを思った。でも今の気持ちのまま進みたい。東京に行くことが先決だ。その後のことはその後で考えよう。

「みうちゃんママ。大丈夫?」

レイナちゃんママの言葉で我にかえった。

「ああ、ごめんねー大丈夫よ。じゃあ当日はお願いね。うまいこと、私だとわからないようにしてな」

「わかってるわ、まかせとき」

いつもは地味に見えるレイナちゃんママがひまわりのように輝いて見えた。ひまわりは明るい方向だけを見る。大事なことだと思った。

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