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PS.ありがとう

難しいなあ、人生って。そんなことを思った。でも今の気持ちのまま進みたい。東京に行くことが先決だ。それからのことはその後で考えよう。

「みうちゃんママ。大丈夫?」

レイナちゃんママの言葉で我にかえった。

「ああ、ごめんねー大丈夫よ。じゃあ当日はお願いね。うまいこと、私だとわからないようにしてな」

「わかってるわ、まかせとき」

いつもは地味に見えるレイナちゃんママがひまわりのように輝いて見えた。ひまわりは明るい方向だけを見る。大事なことだと思った。

公園から自宅までは歩いて10分くらいだ。美羽の手を引き戸建てが並ぶ住宅街の間を歩いた。もう5月半ばを過ぎたというのに、日陰に入ると風が肌を刺す。忍び寄ってくる夏は思ったより足が遅そうだ。

スーパーで買い物をして自宅に着く。ポストの中の郵便物を抱えて部屋に上がった。テーブルに広げると、一枚宅急便の不在票が入っていた。荷物を確認する。“キタさん農場”?聞いたことがない。祐輔が何かを頼んだのだろうか。珍しいなと思いながら不在票に記載してあるドライバーの携帯に連絡を入れた。

「あーここからだと最後になりそうなので時間かかりますけど、必ず行きますので」

そう言われたのであてにしていなかったが、ものの10分で荷物は届いた。

冷蔵用のケースは思ったより大きかった。送付状にはやはり“キタさん農場”としか記載がない。馬でも買ったか。少し前にはやっていたキタサンブラックを思い出す。何回か馬券も買って当たり馬券の賞金でご飯を食べに行ったことを思い出した。でも今回はその“キタサン“ではないことくらいはわかる。

キタさん農場の住所は北海道だった。心当たりはない。お届け先が祐輔になっているから祐輔が頼んだのだろう。祐輔に連絡をすべきか、少し悩んだが、ブツは冷蔵品だ、先に中に入っているものを確認することにした。

ケースを開けると、ナス、トマト、大根、キャベツなどの野菜がパンパンに詰まっていた。

ありがたいと思いつつ、色々な気持ちが浮かんでは消えていった。

取り急ぎ祐輔に確認しよう。携帯に電話をかけると、ほどなくして祐輔の声が耳に飛び込んできた。

「はいはい、なんでしょう」

いいから、そんな茶番劇みたいなのは、少しイラっと来た。腹が立つと野菜のことがどうでもよくなったが、とりあえず聞いてみることにした。

「祐輔さ、野菜とか通販とかで注文した?」

「いや、そんな暇あるわけないでしょ。ていうか、どこに?」

「そっか、知らないならそれでいいんだけど、でもね祐輔あてにキタさん農場ってとこから野菜が届いてるんのよ、だからわかるかなって思って」

「あー、それならうちの親だよ。知り合いが北海道でその名前の農場やっててさ、野菜が余ったときなんか送ってくれるって言ってたから、たぶんそれだと思うよ」

「あ、そうなん。今日さそこから野菜がきてるから、もし連絡とれるんならお礼言ってもらってもいいかな」

「わかった、今からしとくよ。その農場さキタサンブラックに縁がある農場らしいから、まいいか、そんなことは。あ、それと今日は今から懇親会あるからさ、ご飯はいいから」

「りょーかい、あんまり遅くならないでね」

「はーい」

電話が切れた。どいうつもりなんだろう。どうせ浮気してるんでしょ、頭の中で半分ずつ祐輔の味方と敵がいる。祐輔のことを信じたいという見方と、浮気してるんでしょと言う敵だが、キタサンブラックに縁のある農場と知り合いなら味方になるしかない、そう思った自分に、嘘だろ、と突っ込みを入れた。




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