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PS.ありがとう 第14話

カタログの表紙でスタイリッシュな電子レンジが主張する。カタログと雑誌の間から便せんがすべるように出てきた。手に取る。

便せんを見て少し優しい気持ちになった。

「今度は誰に手紙を出そうか」
便せんは封筒とセットになっていて、薄いビニール袋に入れたままだ。

“不思議と願いが叶う便せん。あなたの感謝を誰かに送ってみよう。きっとあなたの夢が現実になるでしょう”

便せんの表紙にはそんな言葉が躍っていた。

「願いが叶う便せんかあ、いいね」

便せんを手に取って眺める。便せんの下から“マイスタイル”という雑誌が顔を出した。

雑誌には不動産や洋服、仕事など、人生には欠かせない情報が詰め込まれている。

パソコンで見ているのはマイスタイルのサイトだ。東京の不動産会社とのコラボで、今は不動産を紹介している。

マイページにメッセージが届いた。クリックする。

「お問い合わせいただいておりました物件に空きができました。今なら敷金礼金ゼロで承れます」

貸主の笑顔の写真が安心感を与える。物件情報だけでは多少不安だ。こうやって貸主の写真や言葉が聞けるのは大きい。

瑤子は思わずガッツポーズを作る。

「やりー」

思わず声に出た。

東京の不動産を色々探して見たが、2LDK の間取りに窓付きキッチンはそうはない。しかしこの物件にはそれがあった。ベランダも理想の広さには程遠いが、他の物件よりは広めのところが気に入っている。

この物件こそが理想に近いと思ったが、人気物件で申し込みが多いのでキャンセル待ちになっていた。そううまくは事は運ばない、そう思っていたところでそれがキャンセルになった。

べランダの広さは東京という立地を考えると、この広さが妥当だろう。最寄り駅は光が丘だ。光が丘には一度住みたいと思っていた。ショッピングモールが充実しているうえに、少し歩けば巨大な緑の公園がある。

アメリカ軍が在中していたエリアと軍機の離発着をしていた空港を閉鎖して作り上げられた巨大なコミュニティだ。住むには広すぎるくらいのエリアだ。その上に祐輔の勤務先がある新宿から電車で30分なら申し分ないだろう。

瑤子はベランダで咲き誇るチューリップとラベンダーを思い浮かべていた。

ついてるなあ、運なのか、それともたまたまなのか。神に感謝、と思った瞬間、便せんのことが頭に浮かんだ。

“不思議と願いがかなう便せん”?“感謝を誰かに?”

感謝か、ふと手紙を書いているシーンが浮かんだ。何を書いたんだっけ、思考を巡らす。“PS.ありがとう”そう書いたことを思い出した。その手紙のお礼に美里ちゃんママが抽選券をくれたのだった。手紙は感謝の気持ちだった。

「まさか」

声に出た。まさか!もう一度声にしてみた。心臓がたかなってくるのがわかった。

“感謝を誰かに”

嘘でしょ、感謝の気持ちでPS.ありがとう、と書いた手紙は2通だ。一人は美里ちゃんママ、もう一人はレイナちゃんママのはずだ。美里ちゃんママからもらった抽選券はレンジに変わった。手紙を書いている前に電子レンジのカタログを見ていたのを思い出した。

この便せんに感謝の気持ちを書いたら思いが叶うのか?

目の前で新しい何かが生まれている気がした。感謝をすることで願いがかなう?そんな嘘みたいな話が今起きている。偶然だろうか。

レイナちゃんママに手紙を書いている時は何をしてたっけ。目を閉じてその時見えた残像の後をたどったが、何も出てこなかった。

もし、この便せんが本当に願いをかなえてくれるなら、気に入った物件が空いたことも手紙を出した結果なのか。

前に進むべきか、果たしてこれが本当の体験なのか。体は宙に浮いたようにフワフワしている。

本当ならこれからも利用価値がある。ちょっとひけめもあるが、一度試してみよう。そう思った。

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